繋ぎ止めたくて
「ふー……。六人目ー」
男を地に倒し、木刀の切っ先を突きつけた女はその唇に笑みを浮かべた。
「いやぁ、すげぇな、姉ちゃん」
「嫁来るかぁ?」
「バーカ。したら私が狩猟じゃない。川で洗濯したいなら考えてあげてもいいけど」
「ははは!!違いねぇや!」
豪快な笑い声が響く中。
「ちょっと!!これ以上泥だらけになったら服洗わないよっ!!」
「「「「お母様っ!!!」」」」
「産んだ覚えないよ!!」
「しっかしなぁ、**といいコンビじゃねぇか」
「川で洗濯する旦那、ここにいたぜ!!」
「せ、洗濯はするけどさ………!」
「ユンが嫁!?欲しいっ!!」
「誰が嫁だ!!」
心なしかムスッとしたユンは、座り込んでいた**の腕を掴むとぐいっと顔を近づけた。
「忘れてるかもだけどさぁ………」
少女と間違えられるほどの繊細な美貌に、いっそ似つかわしくない艶が浮かんだ。
「俺も男なんだよね」
口の端を吊り上げたその表情は、到底“可愛い”なんていえないシロモノで。
初めてみたそんな顔に、彼女は言葉を失くした。
「ま、**が嫁なら大歓迎だけど」
(………どうした、ユン)
なんだか急に彼が男に見えてきた。
………嫁にするには少々心許ない。
「**、コレ使う?」
ジェハが差し出してくれたのは、濡らした手拭い。
女の身で、取っ組み合いなるものをしていたおかげで燦々たる汚れ具合だ。
ほんとに姫様と私って同じ人種なんだろうか。
ちょっと逞しくなりすぎやしないか。もう遅いけどさ。
「使うー」
「後ろ届かないだろ?拭いてあげる」
素直に礼を言って彼に背を向ける。
艶やかな黒髪をかきあげ、うなじを露わにした彼女に彼はすっと目を細めた。
「………全く、心配になるよ」
「え?………っあ………!?」
「うん、綺麗」
飛び散った泥を落として現れた白い肌に、すかさず紅い花を散らす。
「ジェ、」
「そこをどけぇぇい!!」
「あ〜〜〜〜〜」
………嘘でしょ。
緑が飛び蹴りで飛ばされるってどうなの。
それ専売特許じゃなかったっけ。
まぁ、白の手で殴られたらそれこそさすがの緑も即死かもしれない。
仲間としては大変嬉しくない。
華麗にジェハを飛ばしたキジャは、大して強くもない酒を飲まされて酔っ払っているようで。
普段の彼なら絶対にありえないだろうに、勢いそのままに地に押し倒された。
………ちょっと、泥。
せっかく拭いてもらったのに、なんて思ったがいつまでも平然としていられるほど彼の瞳はふざけてはいなくて。
「………**はジェハを好いているのか」
「………はい?」
なんでいきなりそこにいった。
ついでにこの状況はナニ。
ちょっとそこで騒いでる男ども、ちょっとは気にしてくれてもいいでしょうが。
揃いも揃って無視されるとこっちとしても少々辛いものがある。
「私は姫様にこの命の全てを賭ける覚悟であるが…。何故そなたのことが頭から離れない」
そ、れを言われても。
何ででしょうねぇなんてふざけたことは言えない。
「そなたの瞳ほど綺麗なものを見たことがないのだ」
「………キジャも綺麗だと思うけど」
そう返せば、彼の瞳が緩く見開かれる。
酔いの回った、熱っぽい目が嬉しそうな笑みを浮かべる。
「**………」
「どーん!!」
………ねぇ、待って。
さっきから何なんだ、この珍獣ども。
キジャが顔を寄せてきたかと思えば、次はゼノとシンアがタックル仕掛けてきた。
今日はみんなおかしい日かな、なんて思いながら**は諦めて天を仰いだ。
「………何だって?」
返すに事欠いてそれかよ、なんて言わないでいただきたい。
何故って、
「だーかーら、俺と手合わせしろよ」
いきなりハクさんにそう言われたんですよ。
月が輝くこの美しい夜に。
棒読みになったのはまぁ許して。
今二人の周りを照らしているのは、細い月光だけ。
何が悲しくてこんな真夜中にこんな腕っぷしの強い奴と手合わせしなきゃなんないんだ。
「………昼間アイツらとやってたのに、俺とは嫌なのかよ?」
「そ、そういう問題………?」
「ああ」
そう言われると私が断れないのを彼も知っているんだろう。
「………いいわよ。得物は、」
「木刀じゃねぇ。真剣だ」
彼女はすっと目を細めた。
彼が真剣で勝負するなんて言うのは、何らか理由がある時だ。
全くもって理由に心当たりはなかったが、ここらで気を引き締め直してもいい頃だ。
「………じゃ、やりますか」
剣を抜けば、それと同時に飛びかかってきた彼。
………の、手には。
「ちょ…っと待て!二刀流アリなんて聞いてない!!」
「あぁ?不満か?………それとも」
ガキィン、と硬質な音を立てて切り結ぶ。
至近距離で、彼の端整な顔に不敵な笑みが浮かぶ。
「俺二刀流だと歯ぁ立たねぇか?」
「………あーあー言ってくれちゃってまぁ」
いいだろう。
彼がその気ならこちらも本気で勝ちにいってやる。
「たかが剣一本で何が変わる、ってのよ!」
「文句言ったのは、テメェだろうがっ!!」
激しい剣戟が繰り広げられる。
皆が酔いつぶれて眠ったこの月夜には、似つかわしくないかもしれない。
「ムカつくんだよ………」
「は?」
「気ぃ許しすぎなんだよ、テメェはよ!!」
弾き飛ばされた。
剣が手から抜け出て、宙を舞った。
他人事のようにそれ見ていると、足払いをかけられてドン、と地に叩きつけられた。
「いった、んっ!?」
情けも容赦もあったもんじゃないと、背中に走った鈍い痛みに顔を歪めたが、彼に言うはずだった文句を紡ぐことは出来なかった。
彼女の上に馬乗りになった彼は、彼女の手を抑えて唇を重ねた。
器用なんだかタチが悪いんだか、足の間に割り込んだ彼の足のおかげで身動き一つ取れない。
「………開けろよ、口」
吐息混じりに囁かれて、
………おかしいくらいに脳が働かなくて。
「は、むっ………!」
言われた通り微かに口を開ければ、無遠慮に割り込んでくる熱い舌。
逃げ惑う舌を絡め取られて、吸い上げられて、
脳に直接響くような水音に思考までも犯されていく。
「他の男見る暇なんざ、いくらでも潰してやるよ………!」
「………そんな、の……」
とっくに昔に潰れてる。
言わずもがな喰われた**は、言うタイミングを間違えたかと悶々とする羽目になったとかハクが異様に上機嫌になったとか。
ついでに残りの珍獣たちは恨めしげな視線を送っていたとか。
………最後の**の悲劇は、ジェハに付けられた印をハクに発見された時に訪れたらしいとの話。