束の間の時を


幸せなお前との時間はずっと続くと思ってた。

俺が吸血鬼で、お前が人間であろうと、俺がお前を想う気持ちは決して変わることはないから。



こんな穏やかな時が、ずっと続けばいい。


だが、無情だな、

運命ってやつは。


いや…





残酷なのは、お前か?











幸せそうなアイツの笑顔を見ただけで、それだけで満たされる気持ちになる。
優姫と一緒になって馬鹿みたいなことやって笑ったり、かと思えば女の顔してこっちを狼狽えさせたり。


誰よりも愛しい女だった。
何を犠牲にしても守りたいと思うほど。



………だが、そんな日々の終わりは呆気なくやってきた。






「…は…?」


今、お前はなんて言った。


「別れてほしいの。もう付き合ってられないわ」
「なんで、そんなこと…」
「何故?分かってるくせに、そんなことを聞くの?…私と零じゃ、世界が違うの」
「…!だからって、これまでの想いが消える訳がないだろう!?」

「そう思ってた……でも消えたの」


零は棒立ちになった。



「もう…他に好きな人が出来たの。だから」




さよなら、零。


彼女を引きとめる事が出来なかった腕は、虚しく宙をかいた。










彼女が俺のところから離れてもう何年経っただろうか。
あの後、何人か付き合ってくれという女が現れて、すげなく追い返し続けていた。

…………否。2、3人は試しに付き合ってみた。


だがどうということもない。
何を思うわけでもなく、放置していれば勝手にあちらから離れていった。
しつこい奴はこっちから容赦なく切った。


彼女と共に過ごした日々は輝いて見え、今の世界はモノクロにしか見えない。
俺の世界に、彩りが戻る日は来るのか…?



彼女は他に好きなやつがいると言っていた。
…………一回だけ。

最後に、一回だけ会いに行ってもいいだろうか。





………そうは思ったものの、いきなり家に押しかけるわけにもいかないし、
かといってどこに行ったかなど皆目見当もつかない。

どうしたものかと、街をぶらぶら歩いていた時、探し求めていた姿が視界に入った。



「………!」




大声で名前を呼ぼうとし、

………出来なかった。



彼女の隣にいるのは、背の高い男。
この角度からは横顔しか見えないが、
それでも端整な顔立ちをしていることがはっきりと見てとれる。



彼は彼女の腰を抱いていた。
耳元に顔を近づけ、何かを囁く彼に彼女は小さく頷いていた。

それ以上見ていられなくなって、俺は踵を返した。








…………気配を感じた。
私が斬り捨てた、零の気配が。



もう、戻らない。


「…紅羽(くれは)」

隣にいる男の名前を呼べば、彼は察したような反応を返してくれた。




………もう、私のことなんて忘れて?零。












あの日見た光景が頭から離れなかった。


忘れられるはずもなかった。
彼女が医学の道に行きたいということは知っていた。


だから、余計何も出来ない自分がもどかしかった。

彼女を支えられる、あの男が羨ましくて、…妬ましかった。











あの日からさらに三年が経った。
彼女のことを思い出さない日はない。


優姫は玖蘭枢についていき、俺だけが一人残った。
ふと目に入った大学病院…。

彼女がここに知り合いがいるから働こうかと思ってると笑いながら言っていたことを思い出す。
彼女が専攻していたのは確か脳外科。


ふらりと中へ入り、脳外科のところまで行くと。



あの日、彼女の隣にいた男が白衣を着てそこにいた。

胸が激しく痛んだ。



彼女は本気で俺以外の誰かと生涯を共にすると決めたのだと悟って。

その男は、ハッとしたように俺を見た。
その視線から逃げ出したくて、
………なのに、足は一歩も動かなかった。



「お前……あいつの彼氏だろ?」
「……は…?」
「来い。会わせてやる」





どういうことだ…?

訝しく思いながら来た先は、一つの病室。




「…………**、お前の騎士がお出ましだ」



その部屋に記されていたのは、彼女の名前。


ベッドに横たわっていたのは、たくさんの管に繋がれて眠っている彼女だった。




それから聞いたことは、俺が受け止めるにはあまりにも重い現実だった。








彼女はちょうど三年半程前、脳に重い病気を患った。

現代の医療でも完治させることは難しく、サポートのために紅羽が彼女についていたのだと………
少しでも体への負担を減らせるようにしていたのだと言う。


………三年半前。



それは、



彼女が俺に別れを切り出してきた時だった。











俺が枕元に寄ると、彼女は驚いたように目を見開いた。
その動作ですら緩慢で、彼女の状態が思わしくないものだということが嫌でも分かる。

彼女は紅羽に視線を送った。



彼は無言で彼女の呼吸器を外した。


「…っ!?何を…」


目を剥いて驚く零を横目に、紅羽は下がった。


「つけろ!じゃないと…」


文字通り彼女の命綱であるそれ。
思わしくない様子を見ても、それは本当に命に関わることだろう。

そう思って焦る零に、**は微笑して首を振ってみせた。




「………付けたら、話せないでしょ…?」




俺は息を詰めた。
ずっと聞いていたいと思う、優しげな声音はあの頃から変わっていなかった。
少し掠れ、弱々しくはなっていたものの、彼が愛した彼女のものだった。



「ごめん、なさい…あんな、形で…」
「いい。いいから戻って来い」



俺の、隣に。

彼女は綺麗な微笑を浮かべた。




「……零…。ずっと、零を愛してた。……愛してる」



目尻から透明な筋がつっと流れる。



『ごめんね……ありがとう』




それを最後に、


彼女の瞳は閉じた。






「……っ…!」

「…**からずっと言われてたんだ」




私の好きな人が、もし私が死ぬ前に会いに来たら。
その時私がどんな状況であろうと、死ぬ可能性があろうと呼吸器を外して。

最後に、話をさせて。



「…………無欲だった彼女がただ一つ俺に頼んだことだ」


本当に、呼吸器を取ったら、生きていられないほどに衰弱していながら、零に想いを伝えることを望んだ彼女。


「…変わんねえな…」



眠っているかのように穏やかな彼女の顔を見て、俺の頬を熱いものが伝った。



「…………っ…一緒に生きるって…言ったじゃねえか…!」


最後まで彼女は彼女として生き抜いた。



吸血鬼がなんだ。

純血種がなんだ。

人間はこんなにも儚く、美しく散ってしまうのに、


なぜ吸血鬼はのうのうと生きていける?


そして、何故俺はその化け物の範疇に入ってしまった?






彼女を支えられずに、何もできないまま流れる時間の差を痛感させられて、零は壁を殴りつけた。


「…………**…っ!」



永遠の命なんていらなかった。



永遠の孤独より、



束の間の時をお前とともに。








それだけが、俺の望みだったよ、**。








実は前サイトにて仲良くさせて頂いていた読者様とのリレーで出来たこの作品。
幸せエンドってもんを書きたい気はあります、一応ね。





感想など頂けるとありがたいです

*現在お礼:トラファルガー・ロー
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