あれから強化合宿があり、久しぶりにあの公園へ来た。


(………む?)


ボールをつく音が聞こえる。

パスッ……。



ネットにボールが吸い込まれた。
放ったその人を見て、絶句した。
その隣にいるでかい男に、目を疑った。


「………あっ、流川さん!今の見ました?」
「………おー。上手くなったな」



えへ、と照れたように笑う彼女は文句なしに可愛い。
……が、それより。


「なんでお前がここにいる」
「いやー、可愛い子がいたからさ」
「帰れ」
「えー冷たい」


でかい男……仙道を何とか追い払い、深いため息をついた。


「何もされてねーか」
「?されてないですよ?シュートしてたらどこからかやってきて……」


どこからかって。
仙人じゃあるまいし。


「試合出てた方ですよね?仙道さんって言ってまし……」
「あんなヤツ忘れていい。忘れろ」
「ええ?」
「………気にすんな。リング、届くようになったのか?」
「そうなんです!お兄ちゃんと毎日練習してたんですよ。だいぶ入るようになりました!」
「すげーな」


得意げに言う彼女に知らず口角が緩んだ。


「……私、学校に行けてたらバスケ部入ってたかもしれないです」

ぽつりと落とされた呟きに、耳を傾ける。


「今週末、手術するんです」

「ーー!」

「成功率は一割だって……そう聞きました」




スパッとゴールが決まる。



「情けないですよね………。成功しなかったらって思ったら、怖くて」


すぐに動き出せなかった。
思考が、全くと言っていいほど働かなかった。


(成功率、一割……?)



九割は死ぬと。


小さく震えながら、必死に涙をこらえている彼女の体を掻き抱いた。
思うままに、強く。

そこに、彼女がちゃんと存在していることを………
生きてるということを確かめるように。



「流川さ……」
「強がるな」



驚いたように跳ねた彼女の体。

………俺が、こんな言葉を言えるのか?


(こいつがいなくなったらなんて、考えたくもねー)


考えられなかった。



バスケに打ち込み、“生きる”自分を見て眩しそうに目を細めていた彼女。
全てを諦めたようでいて、悲しそうな顔をして。

………自分の試合を見て、やっと“光”を見出して、生きる気力を手にした彼女。


**がいなくなるなんて、考えただけでおかしくなるのは俺の方だ。

強がってんのは俺も同じじゃねーか。





(……なんで、こんなに)



記憶の、

心の隅々まで彼女がいるんだろう。


知り合ってそう長いわけでもない。

……なのに。



そんな感情の答えなんて、とうの昔に知っていた。





「泣きたきゃ泣け。俺しかいねーから」

「………っ……流川さんと会えたから、生きたいと思えました」

「…………!」



「生きたいから……っ!流川さんともっと一緒にいたいからっ……!」




「……っ!」






腕の中で小さく震えながら涙を流す彼女に、一瞬言葉が出てこなかった。



「死にたく、ないっ………!」




ドクン、と心臓が音を立てた。




「…………死なねー。俺と、生きろ」





“俺と”




弾かれたように、彼女は顔を上げた。





「……私……好きなもの出来たって言いましたっけ」

「?言われてねー。タブン………」

「私」




彼女は涙をぬぐい、笑みを浮かべた。




「流川さんが好きです」


「………っ!」




息が詰まった。
何かが胸に込み上げてきて、苦しくなった。




「流川さんと、生きたい」

「………わりー………言葉、出てこねー………」



流川は顔を片手で覆った。
未だかつて、こんなに嬉しかったことはなかった。




「……流川さん……?」
「………マジ………嬉しすぎて何も考えらんねー………」



何かまずいことを言ってしまったかとあわあわする彼女がたまらなく愛しい。
………こんな感情が自分の中にあったなんて。


そっと触れるだけの口づけを落とせば、白い肌が桜色に染まる。



「………かわい」



相当、参ってるな。
今まで暴走しなかったのをたたえてほしい。


不思議なほど穏やかで満ち足りた時間には、一筋ほどの翳りも見えなかった。













流川はバッシュの紐を結び、小さく息を吐いた。


「………っし」



今日は**の手術の日。
流川の大事な試合の日と同じだった。


(………頑張れよ、**)


もう一度深呼吸して、コート上に向かう。


彼女が好きだと言った、あの目をして。

















「大丈夫か、**」
「うん」


穏やかで、優しい表情の彼女は白い手術着を着ていた。


「お兄ちゃん」
「ん?」
「絶対戻ってくる。………でも、これだけ言わせて」


彼女は花が咲いたような眩しい笑みを浮かべて言った。


「たくさんの優しさと、愛をくれてありがとう。お兄ちゃんがいてくれてよかった」


そう言った彼女は今まで見たどんな姿より美しくて、息を呑んだ。
看護士に連れられていく彼女の背を呆然と見送る。


………彼女がこのまま、光となって溶けて消えてしまいそうで。


俺がいっそ、変わってやれればどれほどよかったことか。
何も出来ない自分にそっと歯噛みした。












ボールが高く上がる。




「** **さん、No.110101。間違い無いですね?」
「はい」





赤木がボールをはたく。


「流川!」


仙道から投げられたロングパスに合わせて飛び上がる。









「……手術を開始します」

麻酔が効いてくる。

全身の感覚が消える。

動かなくなる。










ガコッ………。


歓声が上がる。



「この頃の流川、スタート早いな」
「なんかいいことあったんじゃねえか?」





「心拍数低下!」
「輸血準備急げ!」










(………今、この瞬間)


懸命に生きようとしてるやつがいる。
彼女に出会い、世界が変わった。
こんなにも、世界は美しい光に満ち溢れている。








「戻りません!酸素濃度が……」
「最大まで上げろ!」



全身が痛い。
遠い意識の下、飛び交う周りの声を他人事のように聞く。


(………今、あなたはコートの上で走っているのかな)


鮮明に思い出せる、彼の姿。








「流川!」


シュートモーションに入る相手をすんでのところでブロックする。
………スコアは、65対63。

二点差でビハインド。









あなたに出会って、私の世界は変わった。
私はこの世界にいてもいいんだと思えた。


………流川さんの言葉を、一つ一つ、


全てと言ってもいいほど覚えている。

流川さんに出会ってからの日々は、輝いていた。


…………一生分の、幸せを貰えた。






流川さん。






私は、私の生きた“証”を残します。




本当の意味で生きられた、




僅かな、しかし輝きに満ち溢れた時間をくれたあなたに、























一 生 分 の “ あ り が と う ” を








(次は、あなたの隣に生まれたい)







一筋の涙が目尻からこぼれ落ちた。


















終了のブザーと同時に、3Pを放つ。


(頼む………!)







ふわりと温かな風が頬を撫でた。


ぞわりと肌が粟立った。




『ありがとう』





大好きだよ





聞こえないはずの声が聞こえて。




スパッーー。





審判がカウントを告げる。
得点板が動く。



………自分のチームが、歓喜に沸いた。




仙道や三井が肩を組んできても、監督が涙を流していても、



…………何も入ってこなかった。



確信にも似た、嫌な予感。


体育館を飛び出した。




疲れてこれ以上は動けないと悲鳴を上げているはずの体に鞭打ち、

したたる汗が目に入っても意に介さず、





ただひたすらに走った。




















病院に着く頃には、倒れてしまいそうなくらいに息が上がっていた。

それでも体を無理矢理おして、中へ歩みを進める。


………そして。



「……悠、有………」


彼女の兄を見つける。
彼の目は赤く、……まだ涙は乾くことを知らない。



「……うそ………だろ……?」


何かがつかえたように、胸が苦しい。
喉が渇き、はりつく。




嫌な鼓動がうるさい。



悠有は、静かに首を横に振った。



流川は病室の扉を蹴破るように開けた。




…………そこに横たわる、目を閉ざした彼女。




蝋のように白い肌に、


触れて分かった、失われた温もりに、




…………崩れ落ちた。







壊れてしまったように、とめどなく溢れる涙。


……信じたくなかった。
信じられなかった。





あの声を聞くことも、あの笑顔を目にすることも、もう出来ないなんて……

永遠に失われてしまったなんて、耐えきれるはずもなかった。







………なあ、起きろよ。

起きて、笑ってみせろよ。


試合のこと、聞かないのか?

せっかく、ブザービートで逆転勝利してきたってのに。




………俺と一緒に、生きてくれるんじゃないのか?




頷いて、好きって言ってくれたじゃねーか。



………なのに、


なんで起きないんだよ




「**…………」






彼女の手は動かない。

彼女の目は開かない。



……彼女の鼓動が聞こえることは、ない。





「**っ…………!!」



(俺は、お前を救えたのか……?そんなわけねえ)




お前は、俺と会って生きようと思えたって言った。
………でも、情けねえな。

支えられてたのは、俺の方だった。



バスケしかなかった俺に、人を愛することを教えてくれた。


痛いほどの、苦しいほどの愛しさだけを残して、箒星のように駆け抜けていった**。


彼女の姿は誰より輝いていた。




(……出会わなきゃ、好きになんなきゃ良かったなんて言ってやんねえ)


出会わなかったら、こんな辛い思いはしなかった。
かわりに、全身全霊をかけて誰か一人を想うこともなかった。




………お前が怖がって、拒んだ、




“お前が生きた証”





ここに残ってる。




伝えなきゃいけねー言葉なんて決まってる。




「………っありがとな………」










“愛してる”










その言葉は涙に溶けた。



























あなたに出会えて、この世界の輝きを知った


その輝きは、私の傍にもあるんだと知った



………明日を約束されていない私も、生きていいのだと教えてもらった



生きた“証”を“愛”で残そうと思えた




……今、あなたの世界は輝いていますか?

自分で選んだ道を、駆け抜けていますか?




願わくは、愛しい人の未来が輝かんことを









柔らかな風が頬を撫でた。
白い鳥が羽を広げ、飛び立った。





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*現在お礼:トラファルガー・ロー
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