02
「うわぁ…………」
「すごい人だな……大丈夫か?**」
「うん……。こんなたくさんの人初めて見た……」
完全に気圧され気味の妹に苦笑する。
今日のチケットは流川がくれたものだが、
「………は?S席?」
表情一つ変えず、無造作にチケットを差し出した
流川の顔を二度見……いや、三度見した。
それでも本当は足りないくらいだが。
「……?おー」
(………この大会この試合このメンバーでS席ってどういうことか分かってんのか?こいつ……)
この大会は県選抜のメンバーが勢ぞろいした、バスケ好きにはたまらないほど豪華なものだ。
特に三年ほど前にIHを騒がせた神奈川県選抜は雑誌でも注目されるほど名が高い。
神奈川No. 1の海南からは牧、神、そして清田。
No.2の翔陽からは藤真と花形。
陵南からは仙道。
そして、絶対王者の山王を負かし日本中のバスケ業界をどよめかせた湘北からは赤木と三井、流川。
高校時代の彼らの熱戦を見た人なら誰でもこの試合を見に来たいと切望することだろう。
それはもはや全国区の人気となっている。
……繰り返そう。
こんな試合のS席なのだ。
こういう場に来たことがない**はある意味そのすごさを知らなくてよかったかもしれない。
神奈川選抜は、雑誌で特集まで組まれているらしいがもっぱらその話題は仙道と流川のコンビ。
神奈川No. 1プレイヤーと呼ばれた牧の存在感は安定に、神と三井の3Pも注目されているが、今一番脚光を浴びているのは間違いなく先に言った二人だろう。
(………助かるしありがたいがすごい奴だな………)
色んな意味で尊敬する。
席を探し、歩いていくとユニフォームの上に軽く上着を羽織った流川がこちらに向かってきた。
「………あ、流川さん!」
「体、平気か?」
「大丈夫ですよ!こんないい席、すみません」
「監督にもらったから気にすんな」
彼はポンと彼女の頭に手を置くとチームの方に戻っていった。
(………すげぇチームの方々から見られてるんだが、流川……)
神奈川選抜がやけに人気があるのは何もバスケだけが原因ではない。
美形がやたら多いのだ。
その美形の集団が揃いも揃って信じられないような目線を向けてくるからたまったもんじゃない。
……その視線が向いている先は、言うまでもなく**。
視線から逃れるように席についた頃、ブザーが鳴った。
「……お、スタメン」
コート上に出てきた流川を見て悠有がそう言えば。
「スタメンって?」
「スターティングメンバーのことよ。最初に出てくる5人のことを言うの」
悠有が答える前に答えた、なかなかの美女。
彼女はにっこり笑った。
「いきなりごめんなさいね。お隣、いいかしら?」
「あ、もちろん。どうぞ」
「ありがと」
彼女は明るく快活で、親しみやすかった。
「私は彩子。すんごい可愛い子がいたから思わず声かけちゃった」
「え、いえ、そんな………」
今まで悠有と流川以外ほとんど人と関わっていない**がこんなことを言われて平然としていられるわけもなく。
「………やだ、可愛い」
恥ずかしそうにわたわたする**に母性本能刺激された気がした。
「私、** **です。彩子さんはバスケやってたんですか?」
「んーん。私はマネージャーしてたの。今日は問題児の試合見にきてやったのよ」
パチンとウインクする彼女は文句なしに可愛くて美人。
……じゃなくて。
「もんっ………?」
「三井先輩と流川よ」
「流川さんの!?」
目を丸くする彼女に彩子は苦笑した。
(……この子も流川目当てだったのね)
と。
「流川さんってやっぱりすごい選手ですよね?」
「そりゃ………え?」
彩子はパチパチと目を瞬かせた。
「えー……っと?**ちゃんは流川目当てにこの試合来たの?」
「目当てといいますか……そうって言えばそうなんですけど、流川さんにチケットもらったので」
「流川に!?それ本物!?」
「っえ!?このチケットニセモノ!?」
「「そっち!?」」
彩子はまだ驚きから立ち直っていないまま、席に腰をおろした。
「そう……そんな珍しいこともあるもんなのね」
(……にしてもなんで彼氏持ちの子に興味持つのよ、アンタ)
しかも彼氏美形だし。
**の隣に座る悠有を盗み見る。
(……いや、彼氏いるから流川にキャーキャー言わなくてってこと…?)
「………とにかく彼氏さん大事にね、**ちゃん」
「……へ?」
「は?」
二人の声が重なった。
互いの顔を見合わせて、納得したように頷くと同時に口を開いた。
「「兄/妹です」
「え……えぇっ!?」
「アヤちゃ〜ん!ごめん、遅れ…」
「おっそい!」
「あ、あたっ!ごめん、ごめんって!……ところでナニこの美形カップル」
「「兄妹です」」
「……っえ!?」
全くと言っていいほど同じ反応を返す二人に**はくすくすと笑った。
「隣にお邪魔させてもらうことになったのよ。……**ちゃん、バスケ見るの初めて?」
「はい」
「じゃあ説明したげる。あ、こっちは宮城リョータ。こいつも問題児の一人よ」
最初こそ怖い人かと思っていたが、宮城も彩子同様気さくで話しやすい人だった。
昔は不良だったみたいで、その名残はピアスに見て取れる。
両チームの試合が幕を開けた。
開始早々……
「キャー」
「ルカワ様ー」
ワンハンドダンクをかました流川にあがる黄色い歓声。
「……いきなり飛ばしてくるわね。派手にやっちゃって」
「なんかすごい気迫だね。鬼気迫るって感じ」
「**ちゃんが見てるからかしら」
「えっ?**ちゃんて流川の……」
「…………」
彼女はコートに釘付けだった。
またシュートを決める流川。
一瞬、こっちに向かって右手をあげる。
「………あんなことする奴だったっけ?」
「人って変わるもんなのね」
その後も彼の得点は止まることなく。
「また流川だ……!」
「今日の奴は違うぞ!」
光る汗をリストバンドで拭って、ゴールを見据える瞳のは闘志が燃えていて。
………信じられないほどかっこよかった。
「……ねえ、リョータ」
「……多分分かるけど、何?アヤちゃん」
「流川の得点は?」
「驚異の30点」
「数え間違いじゃないか………」
オフェンスの鬼の本領発揮にひたすら言葉をなくした二人だった。
「今日やけに燃えてんね。なんかあんの?」
仙道が楽しげな笑みを浮かべながら流川に話しかける。
「今日はテメーに譲ってらんねーんだ」
「いやいつもでしょ」
「…………」
「彼女でも来んの?」
もちろん冗談。
………すると、彼は無言でスタスタと歩いて行ってしまった。
「……っえ?怒った?おーい、流川………」
言葉を失った。
目を疑った。
向こうから近づいてくる一組の男女に近づいていく流川。
男の方が女よりいくらか歳上のように見えるが、
(えっ……?)
隣にいる少女に驚いた。
真っ白な肌に、少し力を入れて抱きすくめれば折れてしまいそうなほど華奢な体。
綺麗に整った顔立ちはまるで人形のように美しく、消えてしまいそうな儚さをも纏っていた。
彼女に話しかける流川の表情は信じられないほど柔らかい。
夢かと思ったが頬をつねるとしっかり痛い。
………多分、現実。
後ろでチームメイトも見てはいけないものを見てしまったかのような顔をして固まっている。
………しかも。
((((頭に手ーー!?))))
誰だお前。
「………男がいる前でアレって流川じゃないと出来ねーよな」
三井が呟く。全員が頷く。
「やっと女に興味持ったと思ったら人の女かよ………」
何も言えなかった。
いつも通り無表情で帰ってくる流川に注がれる並々ならぬ視線。
………を、彼が気にするわけもなく。
「おい流川!今のどういうことだよ!?」
清田が吠えつけば、
「相手を選べよ………。修羅場なんてごめんだからな」
牧が一応釘をさす。
「……シュラバ?」
何言ってるんだとばかりに首をかしげる流川。
「あの男、あの子の彼氏じゃないのか?」
藤真がにやりと笑いながら問えば、
「………は?あれ兄妹ですけど」
「「「「えぇっ!?」」」」
同じ頃、彼女の元でも全く同じやり取りが行われているとはいざ知らず。
流川は何事もなかったかのようにアップを始めるが、その目に宿る闘志はいつもの数倍強い。
「………ねぇ、あの子すんごいタイプなんだけど絡まない方がいい?」
仙道がボソッと言えば。
「俺もタイプだな…。手出したらもれなく流川にボコされるだろうね」
神が神妙な顔で頷く。
ふらりと動いた影を止めたのは、…………牧と花形。
「「動くな、清田/藤真」」
「(くっ……)あんな可愛い子見たことないっすよ!名前だけでも……」
「困らせたらどうするんだ」
「牧さんだってタイプなんじゃないですか!?」
「……………」
決して否定はしない牧。
「止めるな、花形」
「何の映画だ。ふらふらするな」
「…………ふーん」
「…………なんだ」
「お前も狙ってるな?」
「(ギクッ…)」
名前も知らない美少女にどうやって近づこうか、静かな画策が練られていた。
試合は神奈川の圧勝。
84対35のダブルスコア以上で勝利を収め、うち38点を流川が占めるという凄まじい結果となった。
次いで神と仙道が点を上げているが、今日の流川には敵わない。
「………爆走したな、お前」
「ふぅ……感謝しろよ。出来るだけパス回してやったんだから」
三井と仙道が苦笑する。
監督は終始上機嫌で、元強豪校のキャプテン3人は苦笑しきりだった。
「……っす」
「この後飲み行くけど来るか?流川」
「や…パスで」
「今日のMVPは文句なしにお前だろー」
「センヤクあるんで。お先です」
さっさと着替えて出て行く彼を唖然と見守る他のメンツ。
「………まぁむさい男に祝われるより可愛い女の子といたいよなぁ」
「流川も人の子か」
「名前も聞けなかったよ、あの子」
「流川のガードは奴のディフェンスより手強いぞ」
…………牧さん、それはコメントに困る。
「………………凄まじかったな」
「……………」
「38点って半端ないだろ」
「………………」
「**?」
全く応答なしの彼女を見れば、心ここに在らず。
「………っは。なんか言った?」
……だろうな。
分かってましたよ。
「……ねぇ、お兄ちゃん」
「なんだ?」
「私でもバスケ出来るかな?」
「…………は?」
そっち?
…………いやいやいやいやいや。
そっち!?
「マジか!?」
「うん。さすがに長くは出来ないだろうけどシュート位なら」
「出来んじゃねーの」
声がした方を見れば、ウェアに着替えた流川が立っていた。
「無理はしてほしくねーけど……」
「流川さん!」
彼を見つけた彼女の瞳はキラキラと輝いていた。
「今日はありがとうございました!」
「いや、俺なんも……」
「流川さんのゴールを見る目……鳥肌が立つくらい、かっこよくて」
「………目?」
彼は切れ長の瞳をわずかに見開いた。
『やっぱかっこいい〜』
『あのルックスでバスケ上手いなんて惚れない女は女じゃないわよ』
『きゃー付き合いたいわ』
そんな声なら嫌という程聞いた。
あいにくこの顔に執着もなければモテるためにバスケをしているわけでもない。
褒められているのは分かったが、喜べるわけもなく。
「かっこいいなんて言われ飽きてると思うんですけど……流川さんがボールを持って、ゴールを狙ってる時の目、すごい輝いてるんです。ほんとに心から好きなものに全力で打ち込んでるんだなぁ……って思ったら目が離せなくて」
何気ない言葉のはず。
なのに、なぜこんなにも重い響きをもって心に届くのだろう。
「今まで打ち込めるものに出会うのが怖かったんです。それが未練になるから。………でも」
せめて、
同じ場所に立つことは無理でも、
「流川さんの見ている世界を、少しでも見てみたいと思ったんです」
………**、お前は気づいてるか?
そう言って笑うお前が、見たこともねーほどキレイに見えてるって。
「………おー。見せてやるよ」
お前が頑なに目を閉ざしてきた、世界の“光”を。
「………っえ?重た………」
コート上の人たちは軽々と投げていたように見えたのに、何コレ。
デカイし重い。
「……おめーが持つとやけにデカイな」
七号球が彼女の顔の小ささを際立たせている。………って凄まじい。
(やっぱほせーな)
ずっと病院にいればそうか。
「これだけで筋トレになる気が」
「ダンベルかよ」
つっこまざるを得ない。
さすがの俺も、流すのはムリ。
「………っとやっ!」
「砲丸投げかよ」
ゴールに向かって投げられたボールは当たり前にヘロヘロ。
リングにかすりもせず落ちてくる。
「こんなの、走って投げてってやってたんですか!?」
「そーだけど」
てんてんと間抜けに転がるボールを回収し、ワンハンドで放る。
綺麗な放物線を描きネットに吸い込まれて行くボールを目で追って、
彼女は口を開けたまま固まる。
「………顔」
小さく笑えば彼女ははっとしたように首を振って誤魔化した。
「もう一回見せてもらえますか?」
「?おー」
何度も、彼のシュートフォームを見た。
真似しようとして、
「……腕の力の問題だな」
「うぬ………」
割と形にはなってきたが圧倒的に力が足りない。
「絶対いつか入れます。…また見てくれませんか?」
「**が元気な時にな」
「はい!」
「じゃー、そのボールやる」
「はっ………えっ?」
黒赤の七号球を持ったまま固まる**。
「持ってろ。俺の高校ん時のカラー」
湘北カラーはなんだかんだいって彼にとっても思い入れの深いもの。
だからこそ彼女に持っていてほしいというのもあった。
「そんな大事なもの………」
「中古が嫌なら新しいのやるけど」
「ありがたくお預かりさせていただきます」
ぷっと小さく吹き出した。
「………俺の世界、追いかけろ」
その言葉に彼女は少し目を丸くして、嬉しそうな笑みを浮かべた。
「はい!」
夕陽に照らされたその笑顔は眩しかった。