※男主人公
※いろいろおかしい



 恋人である一ノ瀬トキヤが、同室の一十木音也を優先させることは今に始まったことではない。迷惑を掛けられているとか、私だって暇ではないのにとか、口先ではぶつぶつと文句を言いながらも、結局、最終的には助けてしまうのだ。
 それはトキヤの優しさであって、自分に向けられた一心のヘルプを彼は断れないのだろう。仮にその手の主が誰であってもそれは変わらない。ただ、たまたまその相手が一十木であることが多いだけ。それだけ。わかってはいる。
 しかし理解と納得は微妙なズレを含んでいて、首を振って邪推を払おうにも上手くいかない。物分りよく笑顔で送り出した後、その背中が見えなくなってから、深い溜め息を落としてしまうのはこれで何回目か。
 もうなまえも、数えていられないくらいだった。
「……そんな顔するくらいなら行かないでって言えばいいのに」
 長くすらりとしているのに男らしさを兼ね揃えた指が、くるりとシャーペンを回す。何処ででも見掛ける、チープなもの。なまえから借りたそれを軽く唇に当てて、レンが呟く。
 それができるなら苦労はしないのだ。ぼやく代わりに大きく息を吐いて、なまえは机に突っ伏した。脱力した腕が、向かい合わせにくっつけた翔の机にまで侵入する。「邪魔だばーか」と遠慮なく叩かれた。ひどい。
 だらりとぷらぷら空中で揺れる腕を、レンが苦笑して持ち上げた。優しい。フェミニストなのはもう誰もが知ることだが、レンは男に対しても──特に心を許した友人には、優しいのだ。からかわれることも多いが、なまえはそんなレンを好ましく思っている。しかしそれは、トキヤに抱く「好き」とは僅かに、そして明確に違う。なまえも、レンも、ついでに言えば翔も、正しく理解している。
「にしても……イッチーもよくやるね。泣きつかれたら断れないなんて」
「まあそこもトキヤの良さなんだけどさ」
 ぺたり。机に広げた課題の上に頬を乗せる。まーな、と話題に加わった翔を見上げれば、同意を示した割には苦い面持ちだ。
「でもいくらなんでもなあ。面白くねーだろ、流石に」
「……うん」
「いいんだよ、それが普通の感覚さ」
 なまえとトキヤは付き合っている。恋愛禁止が校則の早乙女学園で、しかも同性同士で。当初はいろいろな問題が乱立して紆余曲折もあったが、今では理解ある友人に囲まれて何とか上手くやれている。……のなら、どれだけよかったか。
 まさかこんな悩みを抱えるとは、なまえ自身思っていなかった。よく言えば真面目な、堅物なトキヤがリスキーなことだとわかっていて尚、付き合うと決めたのだから、トキヤも自分を好いていることは嫌でも感じられる。けれど。なまえも音也とはサッカーをしたり、時には二人だけで遊びに行く程の仲だ。……けれど。
 音也に呼ばれれば、必要とされれば、トキヤはなまえを置いてそちらに行ってしまうのだ。たとえそれが、二人きりの時であっても。
 ……あの二人が、トキヤが、音也が、なんて。考えたくないことが脳裏にへばりつく。自分を裏切ってるなんて、そんなわけない。
「音也に釘刺しといた方がいいんじゃねーの?お前が言いにくいなら、俺が言ってもいいし」
「……ん、ありがとう。でも、いいよ」
 じわりと涙が滲んだ。揺れた視界でレンが腕を伸ばしてきた。くしゃり、頭を撫でられて、込み上げる。プリントが濡れてしまわないように、必死に堪えた。
 何ひとつ失いたくないのなら、我慢するしかない。自分は幸運にも友人にも恋人にだって恵まれていると思う。ああ、でも。
「羨ましいな……音也」



「ほんと、羨ましいや、トキヤ」
 トキヤが来るまで、飽きもせず自身の携帯電話の待ち受け画像を眺めるのが一種の習慣と化していた。正面を向いているがカメラ目線ではない、なまえ。隣を見遣るその視線の先にいたのは、彼の恋人であるトキヤだ。優しく、柔らかく、甘さを含んだ淡い笑み。これをいつも向けられているトキヤが、音也は羨ましくて、羨ましくて。
「……こんな写真じゃ、物足りないよ」
 仲を深めたって、この笑顔が自分のものになるわけじゃない。欲しがりが疼く。画面にそっと口づければ、いくらか落ち着いた。
 トキヤが何を考えているのかまでは知らないが、頼み事を断れない性格なのはすぐ察しがついた。最近のことだ。初めは、あくまでも、単純に頼る思いだったのが、変化したのは。
 トキヤぁ、課題教えてえええ。と音也が泣きついて、トキヤがいつものように仕方ないと自分に向き直った時。その場にいたなまえが眉根をきゅう、と寄せて伏し目がちになった。音也はその表情をよく知っていた。施設で、子どもたちが我が儘を言い出せずに耐える時のそれだった。
 一目見た瞬間、心臓が高揚に跳ねた。トキヤを困らせまいと、なまえは決してその顔を彼に見せることはないだろう。気を使って、周りの人間にもなるべく隠そうとするだろう。それに何より、自分の言動がその表情を作り出した事実に興奮が止まない。
 たとえ目にしなくても、ああ、今こんな気持ちなのだろうと思うと……音也は口端が喜びに歪んでしまう。
 その優しさ故に断りきれないトキヤ。なまえが欲しいって言ったら、なんて言うのかなあ。
「楽しみだね、なまえ」
 でもまだもう少し、楽しみは先にとっておこう。





おねがいのつづき
151108/へそ様より拝借



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