暖かな陽光がカーテンの隙間から漏れる。一筋の光が瞼に落ちて、つい先日に11歳になったばかりの少年は目を覚ました。ほんの数分前にベッドに入った気がした。余程ぐっすりと眠っていたらしい。
 二度寝したい思いを振り払うように起き上がり、ベッドから出て、ぐっと体を伸ばす。僅かに開けていた窓から清涼な風が入り込んで薄い藍色のカーテンを揺らした。白魚のような指先がカーテンをさっと開く。たっぷりと太陽の光が注ぎ込んで、部屋を満たした。
 くるり、少年は棚に置かれた写真立てを振り返った。写真の中で一人の女性が美しく微笑んでいる。少年とよく似た顔立ちのこの女性の名は、ミネア・アッシュフォードという。
「おはよう、母さん」
 ランス・アッシュフォードは母に微笑んだ。

 服を着替え、ランスは階段を降りて一階の居間に向かった。階段の壁にも、食卓やキッチンの片隅にも、たくさんの写真が飾ってある。その殆どに母が写っていて、中にはまだ赤ん坊の頃の自分を抱えて微笑んでいるものもある。写真の中の人物は誰もが動いていて、ランスにとってそれは木から離れた林檎が落ちるのと同じように当たり前のことだ。しかしランスは動かない写真もよく知っている。
 今は亡き母は魔女だったが、父のエリアスはマグルである。エリアスは魔法を使うこそは出来なかったが、ミネアの残した本やそれまでミネアと過ごした時間のおかげか、とても魔法使いの世界に詳しかった。両方の血を宿すのと同じように、両方の世界のことを子どもなりに学んで、ランスは育った。
 エリアスはランスが産まれた時、もしランスが魔法使いじゃなかったらどうしようと悩んだらしいが、それを吹き飛ばすようにランスが言葉を覚えるより先に物を浮かせたという。小さな頃によく聞かされた話をまた聞くようになったのは、ホグワーツから……エリアスが世界一だよ、と語る魔法魔術学校から入学許可の手紙を受け取ったからだ。
 厳格な為人が垣間見える達筆な文字で書かれた手紙を手に取り、もう一度目を通して、ランスは重ねられた二枚目を広げた。必要なもののリストだ。ローブに鍋、何も知らないマグルが見れば首を捻るであろうタイトルの教科書、極めつけに杖……どれもマグルの世界では手に入れ難い品々。しかしランスは行くべき場所を理解していたし何度も行ったことがあった。――ダイアゴン横丁。
 珈琲を淹れる為、やかんを火にかけたランスはキッチンのカウンターにテープで留められたメモを見つけた。ボールペンの走り書きは、見慣れた父の字だ。仕事が入ったせいで一緒に買い物に行けないことを悔やむ文面に、ランスは小さく笑った。大丈夫、もう11歳なんだから。それに一番の荷物になりそうな鍋はたくさんあるから改めて買う必要もないだろう……教科書、ローブ、それからやはり杖がメインだ。
 まずはグリンゴッツに行かなきゃ。母がランスの為に残したお金がそこに預けられている。
 熱い珈琲を飲み干して、リストと鍵、それから空っぽの財布を手にランスは家を出た。



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