閑静なプリベット通りの闇に不似合いなダンブルドアに、同じくお世辞にもまともとは言い難いエメラルド色のマントを身に纏ったマクゴナガルが声を潜めて問いかける。真実を確かめる為に、聞き及んだ噂を震える唇で紡いだ。
「昨夜、ヴォルデモートがゴドリックの谷に現れた。ポッター一家と……アッシュフォード一家が狙いだった。噂ではリリーとジェームズが……ポッター夫妻が……ミネアが……死んだ……とか」
 墨を溶かしたような闇の中でもダンブルドアの項垂れる姿がしっかりと見えた。見えて、嘘ではあればいいのに、と息を飲んだ。吸い込んだ空気が熱を持って湧き上がるかのようで鼻の奥がツンと痛んで、続く声も震えてしまった。
「あの三人が……信じられない……信じたくなかった……ああ、アルバス……」
「わかる……よーくわかるよ……」
 沈痛な声でダンブルドアが零し、その手がマクゴナガルの肩をそっと叩いた。
「それだけじゃありませんわ。噂では、ハリーを殺そうとしたとか。でも――完敗した。その小さな男の子を殺すことは出来なかった。それに……ランスも無事だとか……なぜなのか、どうなったのかはわからないが、ハリー・ポッターを殺しそこねた時、ヴォルデモートの力が打ち砕かれた――だから彼は消えたのだと、そういう噂です」
 ダンブルドアがむっつりと頷く姿にマクゴナガルが口ごもる。
「あれほどのことをやっておきながら……小さな子どもを殺しそこねたっていうんですか?驚異ですわ……よりによって、彼にとどめを刺したのは子ども……それに、なぜランスは無事だったのでしょう?」
「想像するしかないじゃろう。本当のことはわからずじまいかもしれん」
 そう言葉を切り、ダンブルドアは一度大きく鼻をすすった。ハンカチを押し当てて涙を拭うマクゴナガルに、続ける。
「ハリーはヴォルデモートの魔法を打ち破った……彼に残る傷がそれを証明しておる……しかしランスは傷一つ無かったのじゃ。彼の父親はゴドリックの谷を離れていて無事じゃった。ランスは今彼と共に居る。マグルじゃが魔法使いに理解がある男じゃ」
「ミネアと結婚したのですからそれは心配しておりませんわ。問題は……ハリーです」
 マクゴナガルの涙に濡れた目がきらりと光った。
「ハグリッドがもうすぐ来るはずじゃ。ハリーの親戚は伯母さん夫婦しかいないのでな」
「まさか――間違っても、ここに住んでいる連中のことじゃないでしょうね」
 弾かれたように立ち上がり、四番地を指さしたマクゴナガルは夜であることも、ここがマグルの住む場所であることも忘れたように声を荒らげた。
「ダンブルドア、だめですよ。今日一日ここの住人を見ていましたが、ここの夫婦ほど私たちとかけ離れた連中はまたといませんよ。ハリー・ポッターがここに住むなんて!」
「ここがあの子にとって一番いいのじゃ。ランスの父が……エリアスが引き取るとも言ってくれたがそれではだめなのじゃ。気丈な青年じゃのう……愛する者を失っても残された者を守る為に既に立ち上がっている……」
 しかしマクゴナガルが納得した様子はなく、ダンブルドアが伯母さん夫婦に手紙を書いておいたと言っても、力なく塀に座って詰め寄った。
「ねえ、ダンブルドア。手紙で一切を説明できるとお考えですか?連中は絶対あの子のことを理解しやしません!あの子は有名人です――伝説の人です――今日のこの日が、いつかハリー・ポッター記念日になるかもしれない――ハリーに関する本が書かれるでしょう――私たちの世界でハリーの名を知らない子どもは一人もいなくなるでしょう!」
「そのとおり。そうとなればどんな少年でも舞い上がってしまうじゃろう。歩いたり喋ったりする前から有名だなんて!自分が覚えてもいないことの為に有名だなんて!あの子に受け入れる準備ができるまで、そうしたことから一切離れて育つ方がずっといいということがわからんかね?」
 マクゴナガルは何かを言いかけて、それを喉の奥に押しやった。深く息を吸って自身を落ち着かせる。
「ランスはどうするのですか?彼も、生き残った男の子です……有名になることは必至ですよ」
「しかしハリー程ではないはずじゃ。それにエリアスがそうならないように育てると約束してくれたから心配は要らんじゃろう」
 それから数分と経たずに、雷鳴のような音と共に大きなオートバイが空から降ってきた。オートバイに跨った男……ハグリッドの巨大な腕に抱えられた毛布の包みの中に、件の赤ん坊……ハリー・ポッターがいた。ぐっすりと眠るハリーの額には稲妻のような傷があった。
 ハリーを抱え、早く済ませた方が良いだろうとダーズリー家の方に行こうとしたダンブルドアをハグリッドが止めた。お別れのキスをして、ハグリッドが大きな泣き声を上げるものだから、マクゴナガルは口に人差し指を当てて注意をした。しゃくりあげながらハグリッドは涙に濡れた声で謝る。
「す、す、すまねえ。と、とってもがまんできねえ……リリーとジェームズは死んじまうし、ミネアまで……かわいそうなちっちゃなハリーはマグルたちと暮らさなきゃなんねえ……」
「そうよ、ほんとに悲しいことよ。でもハグリッド、自分を抑えなさい」
 小声でハグリッドとマクゴナガルが言葉を交わす中、ダンブルドアはハリーを戸口に置いた。マントから取り出した手紙を毛布に挟み込んで戻ってきたダンブルドアと、マクゴナガル、ハグリッドはその場に佇んでまるまる一分間小さな包みを見つめた。
 さてと、とやっとダンブルドアが口を開く。
「これですんだ。もうここにいる必要はない。帰ってお祝いに参加しようかの」
「へい」
 未だに涙ぐむハグリッドはオートバイを持ち主であるシリウスに帰す為、二人に夜の挨拶をしてうなるバイクに跨り夜の闇に消えて行った。
 マクゴナガルは再び猫の姿になりその場を後にした。ダンブルドアの火消しライターから暖かなオレンジの灯りが飛び出して街灯に灯り、四番地の戸口にぽつんと置かれた毛布の包みを照らした。
「幸運を祈るよ、ハリー」

 同じ時を刻みながら、ランス・アッシュフォードは父親の腕に抱かれ、同じように寝息を立てていた。母親が殺されてしまったことも知らず……エリアスの啜り泣きを子守唄にして穏やかな眠りに落ちる。国中の魔法使いや魔女が杯を掲げて「生き残った男の子、ハリー・ポッターとランス・アッシュフォードに乾杯!」と囁く理由を、ランスはまだ、知らない。
 我が子を抱くエリアスの背後でしゅるりとマントを開くような音がした。エリアスが振り返ると、そこにはダンブルドアが立っていた。僅かに肌寒い夜気を含んだマントがつい先程までプリベット通りに居たことを示していた。エリアスが鼻を啜り泣き腫らした目を向ける。
「ダンブルドアさん……あの男の子は、本当に大丈夫なのですか?」
「ハリーにとってはあそこが一番じゃ。ランスにとってあなたに居る場所が一番いいのと同じようにの」
 その言葉に再びエリアスが鼻を啜る。
 ダンブルドアの年老いた指先がすやすやと眠るランスの額を撫でた。そこには稲妻型どころか傷一つない。それでも、この男の子もヴォルデモートを前にして「生き残った男の子」だった。もしかするとハリーよりとずっと不思議な……彼の人が、出来たのに手を下さなかったのだから。世はそれを単なる気まぐれと言うのかもしれない。ただの幸運で生き残ったのかもしれない。幾つもの論を呼ぶだろう。しかし、今はただ、健やかに生きることを願う。
「ランスは、ランスとハリーは他にない絆で結ばれることじゃろう。他の誰も経験しないことがこの子たちを結ぶ……エリアス、時が来れば彼らは唯一無二の理解者同士になる。しっかりと育てるのじゃぞ」
 エリアスはただ小さく頷いた。夜はどこまでも静かに更けていった。



ふたりに幸福が来ればいいと思いました
141115/へそ様より拝借



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