すぐに話ができるだろう、というランスの予想は残念ながら外れた。翌日からハリーもランスも注目の的で、ゆっくり話すも何も無かった。寝室に向かう時以外は一緒に行動するのも、生徒たちの目には好奇に映った。生き残った男の子同士、何かあるのではないか。
 朝食の席でハリーから紹介されたロン・ウィーズリーは「本物だあ……」と驚いていたものの、それから何かを詮索するような無粋な真似はしなかった。列車のコンパートメントで友達になったんだ、とハリーが微笑む。それだけでロンに好意が持てた。ロンも、気取ったところもなく気さくで柔らかな性格のランスにすぐ慣れ親しんだ。
 三人で一緒に過ごす最初の一週間は、驚く程に早かった。教室を覚え、階段、廊下を覚え……初めてだらけの授業には目が回った。天文学、薬草学、魔法史、妖精の魔法、闇の魔術の防衛術に変身学。容赦なく与えられる宿題の数にも精神をすり減らして、ハリーの頭からは最初の宴会での会話はすっかり抜け落ちていた。ランスも黙っていた。きっと、そのうち時間は出来るはず……。
 金曜日。朝食の時に郵便が届いた。大広間を何百という数のふくろうがひしめき合って飛び回る風景はもう見慣れたもので、ランスも学校のふくろうから一通の手紙を受け取る。エリアスからの返事。そっとポケットに仕舞う。ふと顔を上げると、ハリーにも手紙が届いていた。美しい白のふくろうは、ハリーの前に留まっている。
「ハグリッドからだ」
 今日の午後は授業がないから、お茶に来ないかというお誘いだった。ハリーがランスに手紙を見せる。ランスも是非、とハグリッドらしい走り書きがあった。
 ランスが勿論、と快諾すると、ハリーはロンから借りた羽根ペンで「はい。喜んで。ではまた、後で」と書きヘドウィグを飛ばせた。
「楽しみだね、授業頑張らなきゃ」
 へらりと笑うランスにハリーも小さく口端を緩めたが、隣に座るロンは唸った。
「スリザリンの連中と魔法薬学じゃなきゃ、もっと良かったのに」

 階段を下へ下へと向かった先に、その地下牢はある。漂う空気は城内の教室よりずっと寒い。アルコール漬けの動物が入ったガラス瓶がずらりと壁を囲み、不気味さを引き立たせる。
 セブルス・スネイプはまるで牢の番人のように、マクゴナガルとはまた少し違う厳格な声で出席を取り始めた。
「ハリー・ポッター。我らが新しい──スターだね」
 似合わない猫撫で声は、確かな侮蔑を含んで響いた。ドラコを始めとしてスリザリン側から数名の冷やかし笑いが聞こえる。ハリーには何故スネイプがそんなに自分のことを嫌っているのか……憎んでいるのか、皆目検討がつかない。
 闇を溶かした黒の瞳が冷たく、席に着いた生徒たちをぐるりと見回す。
「このクラスでは、魔法薬調剤の微妙な科学と、厳密な芸術を学ぶ。このクラスでは杖を振り回すようなバカげたことはやらん。そこで、これでも魔法かと思う諸君が多いかもしれん。フツフツと沸く大釜、ユラユラと立ち昇る湯気、人の血管の中をはいめぐる液体の繊細な力、心を惑わせ、感覚を狂わせる魔力……諸君がこの見事さを真に理解するとは期待しておらん。我輩が教えるのは、名声を瓶詰めにし、栄光を醸造し、死にさえふたをする方法である──ただし、我輩がこれまでに教えてきたウスノロたちより諸君がまだましであればの話だが」
 囁くような声でも、生徒たちは一言も聞き漏らさぬようにと静まり返って耳を傾けていた。ハーマイオニーがそわそわとする音さえ聞こえそうな静けさの中、「ポッター!」と鋭い声が飛んだ。
「アスフォデルの球根の粉末にニガヨモギを煎じたものを加えると何になるか?」
 唐突な問いにハリーはぎょっとして、隣のロンを見たが「降参だ」と言わんばかりに惚けている。反対のランスは、きゅっと眉根を寄せていた。思い出そうとしているような顔だ。
「わかりません」仕方なくハリーは答えた。
「チッ、チッ、チ──有名なだけではどうにもならんらしい」
 口元だけでせせら笑うスネイプに胃が捩れる。視界の端でハーマイオニーが高々と手を挙げていたが、無視された。
「ポッター、もう一つ聞こう。ベゾアール石を見つけてこいと言われたら、どこを探すかね?」
 山羊、とランスの声がした。聞き取れるかどうか怪しい程に小さな声だった。それはハリーの脳に天明のように響き、反射的に口を突いた。
「山羊…」
「……の、どこかね?」
 続いた質問にハリーは顔を顰めた。結局わかりません、と答えるしかない。
「クラスに来る前に教科書を開いて見ようとは思わなかったわけだな、ポッター、え?」
 見下ろしてくる冷たい眼差しを、ハリーは真っ向から見つめ続けた。負けてはいけないのだと漠然と思った。
「ポッター、モンクスフードとウルフスベーンとの違いはなんだね?」
 がたん、と音がした。ハーマイオニーがついに椅子から立ち上がって尚手を伸ばしている。それを横目に見て、ハリーは落ち着いた口調で答えた。
「わかりません。ハーマイオニーがわかっていると思いますから、彼女に質問してみたらどうでしょう?」
 思いがけない返しに、今度はグリフィンドール側から数人の笑い声が上がる。スネイプは不快に片眉を釣り上げ、「座りなさい」とハーマイオニーに冷たく言った。
「教えてやろう、ポッター。アスフォデルとニガヨモギを合わせると、眠り薬になる。あまりに強力なため、『生ける屍の水薬』と言われている。ベゾアール石は山羊の胃から取り出す石で、たいていの薬に対する解毒薬となる。モンクスフードとウルフスベーンは同じ植物で、別名をアコナイトとも言うが、とりかぶとのことだ。どうだ?諸君、なぜ今のを全部ノートに書き取らんのだね?」
 部屋に羽根ペンと羊皮紙を取り出し、ガリガリと書き殴る音が木霊する。その音に被せるように、スネイプの嫌味が囁く。
「ポッター、君の無礼な態度で、グリフィンドールは一点減点」
 机の下でぐっと握り締めた拳を、ランスがそっと撫でた。驚いて目を向けると、声無く「気にしないで」と言われ、胸がすっとした。それにスネイプが目を細めたことに気は回らなかった。
 その後、スネイプの指示でおできを治す簡単な薬を調合することになった。ランスはネビルと組んだ。
「あの……、君、だよね、あの時助けてくれた……」
「……あ、」
 蛇の牙を砕きながら、ランスは初日のことを思い出した。下り坂で足を滑らせた、あの男の子だ。
「あの、あの……ありがとう、怪我は……大丈夫だった?本当に、ごめんね」
「大丈夫だよ。ありがとう、ネビル」
 微笑まれ、ネビルはほっと息を吐いた。綺麗だなあ……と見惚れながら、スネイプが生徒たちを呼ぶ声が遠くに聞こえた。目線はランスを見たまま、手を動かして、視界を独占していたランスが目を大きく見開いたのがわかったけれど、既に遅かった。
「ネビル!」
 強烈な緑色の煙が上がり、大鍋が割れて中身が飛び出た。大鍋は捻れた小さな塊になって転がった。
 咄嗟にネビルの腕を引いて庇ったランスも、ネビルも、薬を浴びた。ネビルは足や腕に、ランスは顔や首に真っ赤なおできが広がり、痛みに呻いた。
「バカ者!」
 スネイプの怒鳴ったが痛みでそれどころじゃないネビルはしくしくと泣くばかりだった。靴が焼け焦げるのも構わず、ハリーはランスに駆け寄った。
「ランス!大丈夫…?!」
「っ、ハリー、薬がついちゃうよ…」
「そんなの、」
 気にしないよ、と続く言葉は、肩を掴まれ後ろに強い力で引き摺られて遮られた。放り投げるようにハリーを引き剥がしたのはスネイプだった。
「おおかた、大鍋を火から降ろさないうちに、山嵐の針を入れたんだな?」
 ぎろりとネビルを睨みつつ、スネイプはランスとネビルに杖を振った。ローブに染み込んだ薬が、床に溢れたのと同様に取り除かれる。
「二人を医務室へ連れていきなさい」
 苦々しげにシェーマスに言いつけ、出し抜けにハリーとロンを睨めつけた。
「君、ポッター、針を入れてはいけないとなぜ言わなかった?彼が間違えば、自分の方がよく見えると考えたな?グリフィンドールはもう一点減点」
「待ってください!」
 あまりの理不尽さに反論しようとしたハリー、ではなく、声を上げたのはランスだ。
「注意しそびれたのは僕です。点を引くなら僕を理由にしてください」
 ハリーはスネイプが面食らったのをはっきりと目にした。視線を彷徨わせ言葉に詰まるという信じられない光景だ。結局スネイプは点を引くことなく、ランスとネビルに早く行けと言うだけに留まった。
 そのまま、スネイプは自分が点を引くと言ったことさえ忘れたように沈黙を貫いて、授業は終わった。地下牢の廊下を上がりながら、ロンがハリーの肩を叩く。
「気にするな、元気出せよ。フレッドもジョージもスネイプにはしょっちゅう減点されてるんだ。ねえ、ランスはたぶんマダム・ポンフリーのせいで面会拒絶だろうし、一緒にハグリッドに会いに行っていい?」



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