マダム・マルキンの店を出たハリーはハグリッドの元へ向かおうとして、足が止まった。店の中から見た時には一人だったハグリッドの隣に、ハリーと同じくらいの子どもが立っていたからだ。話している様は傍目に見ても仲が良さそうで……思わず近寄り難かった。――また自分だけが取り残されている感覚に陥りそうになって、一歩が踏み出せない。ぐ、と拳を握った時、子どもがハリーを振り返った。
 太陽の光を浴びて風に揺れる黒髪は艶やかだった。ハリーのあらゆる方向に跳ねてバーノンおじさんが煩く喚く髪とは違ってさらさらと大人しく重力に従っている。瞳は深い紫色で、しかし透明感があった。その目が真っ直ぐにハリーを捉え、大きく見開かれたと思えば、次の瞬間には喜色に溶けた。
「おお、ハリー、こっちだ」
 ハグリッドが手招きする。やっと身体の自由を取り戻したハリーはハグリッドに走り寄った。アイスクリームを差し出され、受け取る。今までこんな大きなアイスクリームを食べたことはなかった。
「紹介しよう。お前さんと同じで、今度ホグワーツの一年生になるランス・アッシュフォードだ」
 ランスがハリーに向かって右手を……利き手なのだろう……差し出した。ハリーもおずおずと応えて握手する。滑らかな肌に女の子かとも思った。顔立ちが中性的で判断が難しいが、そんなハリーを察したのかハグリッドが「男の子だよ」と付け加えた。
「会えて嬉しいよ、ハリー・ポッター」
 そう言って微笑むランスに、ハリーはすぐ好感が持てた。先程の男の子が嫌な奴だったので余計にかもしれない。
 手を放した時、ぽんと疑問が浮かんだ。漏れ鍋に入った瞬間からハリーの名前を聞くと周りは皆大騒ぎだった。挙って握手を求め、涙ぐみ、何度もハリーの名を呼んだ。それに比べると、確かに会えて喜んでいるのはよくわかるが、至極あっさりしている。有難いが不思議だった。有名だからではなく、まるで古い友人との再会を喜んでいるようにさえ感じた。
 ランスの顔をじっと見つめるが、勿論ハリーの記憶にこんな綺麗な顔はなかった。見覚えがあればきっと忘れないだろう……。
「ところでランス、買い物は済んだのか?」
「制服を買っただけだよ」
「そんならハリーと一緒だ。どうだ、一緒に回らんか?」
「ハリーが良いなら、喜んで」
 いきなり話を振られてランスにみとれていたハリーは驚いた。咳き込みそうになりながらも、快諾の返事をした。
 羊皮紙と羽根ペンを買って店を出たところで、徐ろにハリーがクィディッチを話題に出した。クィディッチを知らないとは……とランスも驚いたがその流れでマダム・マルキンの店にいた少年が出た時、マルフォイだな、と検討がついた。マグルの家の子は入学させるべきじゃない、というのは端的に純血主義を示していた。
 本人の口からじゃなくても言っている様が容易に想像できて、思わず苦笑が零れた。
「……とにかくだ、そのガキに何がわかる。俺の知ってる最高の魔法使いの中には、長いことマグルの家系が続いて、急にその子だけだ魔法の力を持ったという者もおるぞ…お前の母さんを見ろ!それにな、ランスの父親だってマグルなんだぞ」
 今度はハリーが驚く番だった。真偽を伺う眼差しにランスが頷いて見せる。
「僕の父さんは正真正銘のマグルだよ。ただ、幼い頃からそういうものに興味があったみたいでやたらと詳しいけどね」
「まあな。あいつは良い奴だ……流石はミネアが選んだだけのことはある」
 話の流れからそれがランスの母親であるのはわかったが、そこから話が広がることはなかった。――それで、クィディッチっていうのね、とランスが話を戻したからだ。
「魔法族のスポーツだよ。サッカーに似てるけど帚に乗るしボールは全部で四つあるんだ。ホグワーツに行けば嫌でも目にするよ。きっとハリーも気に入るはずだ」
「じゃ、スリザリンとハッフルパフって?」
「学校の寮の名前だ」
 今度はハグリッドが答えた。
「四つあってな。ハッフルパフには劣等生が多いとみんなは言うが、しかし……」
「僕、きっとハッフルパフだ」
 魔法のこと、この世界のこと……ハリーには昨日今日見たものが全て目新しく、驚きに満ちていた。しかし他の子は違う……きっと僕は既に遅れているに違いない。
 ハリーは落ち込んだが、ハグリッドが暗い表情で「スリザリンよりはハッフルパフの方がマシだ」と告げる。
「悪の道に走った魔法使いや魔女ら、みんなスリザリン出身だ。例のあの人もそうだ」
「ヴォル……あ、ごめん……あの人もホグワーツだったの?」
 ヴォルデモートの名前を聞いてびくついたハグリッドの代わりにランスが苦笑混じりに言った――昔々のことだよ。



3 / 4
prevnext
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -