ゴブリンの経営するグリンゴッツの、元は母親名義だった金庫から適当に金貨を取って、ランスはダイアゴン横丁の通りに出た。トロッコで迷路を駆け抜けるのにも慣れたものだが、新鮮な空気に胸がすっとした。
 それにしても賑わっていた。通りを歩く人の多さもさることながら、店も売り物を外にまで並べて、賑わいに参加している。子どもが歩いているのはランスと同じで新入生の買い物だろう。子連れの親も多い。この分だと何処も混んでいそうだ……何処から回るべきか……たくさんの荷物を持って長々と待つのも嫌だ。そうなると教科書は最後が良い――と判断して、ランスはマダムマルキンの洋装店に向かった。
 幸い、タイミングが良かったのか客で溢れ返る程ではなかった。愛想の良い店主にホグワーツです、と一言告げれば流れるように踏み台へ案内された。丈を合わせる間に、新しい羽根ペンを買おうかな、と悩んでいると新しい客が入ってきた。ランスの隣の踏み台に立たされ、同じように採寸が始まった。
 ランスに負けず劣らずの白い肌にブロンドがよく映える少年だ。整った顔立ちではあるが自尊心の高さが滲み出ていた。立ち振る舞いからもそれがわかった。
「君もホグワーツなのかい?」
 隣に立つランスをちらと見て、少年が声を掛けた。視線だけで見返し、ランスはそうだよ、と返事をする。
「へえ……男かい?」
「よく間違われるけどね、ちゃんと男だよ」
 自分が中性的な顔をしていることも、ほっそりとした体躯なのも理解していたし、よく訊かれることだったのでランスは笑って答えた。今更気を悪くするもない。母に似ていると言われるのも、しかし父にもよく似ているな、と言われるのもランスにとっては嬉しかった。こりゃあ別嬪さんに育つな、と言われた時は苦笑いだったが。
「そうか。ところで、名前は?僕はドラコ・マルフォイだ」
 マルフォイと言えば名門だな、と胸中で呟く。純血主義と名高い……そんな相手に名乗るのはどうだろう、と思わず考え込んでしまった。ランスは、自分が有名なのを知っていた。名前どころか父親が魔法族ではないことも周知の事実だろう。答えあぐねている姿に、ドラコが片眉を釣り上げる。
「どうしたんだ?」
「いや……ええと、僕は…」
 言葉を濁しながら、マダム・マルキンの動きに意識を集中させた……そろそろ、終わるくらいだろうか。あれやこれや訊かれるのも罵られるのも出来れば避けたかった。だからもう終わる寸前を見計らって、ランスはドラコの方を向き、にっこりと頬を緩めた。
「ランスだよ。ランス・アッシュフォード」
 ドラコの目が大きく丸まるのを見たと同時に、マダムが終わりましたよ、と告げた。仕事に集中していたマダムにはよく聞こえなかったのだろう。有難い、と思って踏み台から降りる。
「それじゃあ、マルフォイ、ホグワーツで会おうね」
 にこやかに挨拶をして返事も聞かないままにその場を去った。
 ローブを受け取り店を出るのと交代に、ランスと同じ黒髪に眼鏡の男の子とすれ違った。鮮やかなグリーンの瞳が印象的で……思わず振り返ったが、男の子は店の奥へと吸い込まれて行って背中しか見えなかった。
 酷く懐かしい感覚が胸に巣食う。――もしかして、とまさか、の両方を抱いたまま外に出る。視線を店から通りに戻して、ランスはあっと声を上げた。手に大きなアイスクリームを持って何やら手振りをしている人物をランスは知っていた。――ハグリッド!
「ハグリッド!」
「ん?――おお!ランスじゃないか!」
 駆け寄ってきたランスにハグリッドは笑顔で応える。ちょっとばかし大きくなったんじゃないか?と快活な声が響き、ハグリッドの大きな掌がランスの背中を叩いた。何とか持ち堪えて、ランスも笑みを浮かべる。
「クリスマス以来だね、元気だった?」
「ああ、まあな……お前さんも買い物だな?エリアスはどうした?」
「父さんは仕事だよ、僕は一人で来たんだ」
 ハグリッドが持っているアイスクリームを一つ差し出したが、ランスは丁重に断った。お金はあるし、何より二つ持っているのは誰かの分なのだろうと予想がついたからだ。同世代の子どもよりも頭一つ分飛び抜けた気遣いに、しかしハグリッドは遠慮するなと押し付けてきた。
「子どもがそんな遠慮するもんじゃねえ。また買えばいいんだからな」
「でも……ううん、ありがとう、ハグリッド」
 両手でアイスクリームを受け取り、ランスはとろけるような微笑を見せた。満足そうにランスの肩を叩いたハグリッドが再びアイスクリーム店に入って、戻ってくる……ナッツ入りのチョコレートとラズベリーアイスだった。
「ところで、ハグリッドは何の用事でダイアゴン横丁に?ペット?」
「そうドラゴンは居らんわい……いや、ダンブルドアに任された任務があってな。それから……実はな、とある男の子の買い物を手伝っとるところだ」
 ハグリッドがドラゴンを飼いたがっていることを知っていたので笑声を零しそうになって……息が止まった。わざわざそんな勿体ぶった言い方をするなんて。まさか、まさか。
 紫色の瞳でじっと見つめてくるランスに、ハグリッドは「その通り」とばかりにウィンクをした。瞬間、ランスが弾けるように笑みを閃かせた。
「そうなんだ……やっぱり、さっきの男の子がそうなんだね?」
「なんだ、会ったのか?」
「すれ違っただけなんだ……友達になれるかな」
「当たり前だ!ハリーはいい子だぞ、お前さんに負けず劣らずな」
 そう言ってハグリッドが優しくランスの肩を叩く。ランスはほっと息を吐いて、一口アイスクリームを頬張った。



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