三時五分に城を出て、二人は校庭を横切った。ハグリッドは「禁じられた森」の端にある木の小屋に住んでいる。ランスと行けなかったのは残念だったが、ロンが一緒に来てくれたのもハグリッドに会えるのも嬉しかった。逸る気持ちで扉をノックする。
 ハグリッドの飼い犬であるファングがめちゃめちゃに戸を引っ掻き、唸るような吠え声が数回聞こえた。退がるように指示するハグリッドの大声が響いて、扉が開いた。ハリーとロンは部屋が一つだけの家に招き入れたれた。
「くつろいでくれや」
 ハグリッドが大きなティーポットに熱いお湯を注ぎながら朗らかに言う。
「ん?ランスのやつはどうした?」
「実は魔法薬学の授業で……おできまみれになって」
「ランスが?まさかあのミネアの息子が魔法薬学に失敗するとは……」
「あ、ネビルを庇ったんだ。ネビルっていうのは同じグリフィンドールで……。あ、ロンもグリフィンドールなんだ。友達になったんだよ」
 ハリーが紹介すると、ハグリッドは大きなティーポットに熱いお湯を注ぎ、ロックケーキを皿に乗せながらロンをちらっと見た。そばかすに目をやって、ウィーズリー家の子かい、と問いかける。
「おまえさんの双子の兄貴たちを森から追っ払うのに、俺は人生の半分を費やしてるようなもんだ」
 二人の前にどっかりと腰を据えたハグリッドに、初めての授業について詳しく話した。ロックケーキは固くて歯が折れるかと思ったが、美味しそうなふりをした。
「ところでハグリッド」フィルチについての文句が終わったところで、不意にロンが声を上げた。
「ミネアって、ランスのお母さん?知り合いなの?」
「ああ、優秀な魔女でな。成績も人柄も良かった……ホグワーツで一番の人気者と言っても過言ではねえくらいにな。リリーやジェームズにも負けてなかったぞ」
「えっ……」
 両親の名前が出てきたことにハリーは驚いた。膝が揺れて、頭を載せていたファングもびくりと尻尾を振った。
「なんだ、知らんかったのか。お前さんたち、何にも話してないのか?」
「……話したいことはいろいろあるけど、この一週間忙しかったから……」
 ハリーがぽつりと零すと、ハグリッドが納得したように唸った。なるほどな。囁いたハグリッドが座り直す。
「俺の知ってることで良ければ話そう。──ミネア、リリー、ジェームズは同級生でな。特にミネアとリリーは一年の頃から仲が良かった。それに三人揃って優秀だったしな……」
 ハグリッドの口から語られる過去は、物語のようで現実味があまり無い。当たり前といえば確かにそうだ……顔もよく覚えていない両親。しかしランスの母親と、まるで今の自分とランスのように仲良しだったと聞いたら、嬉しさが込み上げた。
「じゃあランスのお母さんもグリフィンドールだったんだ!」
 ハリーの喜色が滲んだ言葉に、しかしハグリッドは顔を顰めた。予想とは違う反応に、ハリーとロンは顔を見合わせる。
「ミネアは……俺もどうして組分け帽子がその選択をしたのか未だにわかんねえが……スリザリンだった」
 ハグリッドがロックケーキを喉に詰まらせたような、すっきりしない顔で告げた寮名に、ハリーは愕然とした。両親とも仲の良かった……ランスのお母さんが、スリザリン?
 魔法の世界、ホグワーツについてもまだまだ知識の少ないハリーにとって、スリザリンの印象はドラコそのものだった。嫌味でいけすかない……それに、誰もが恐れるという「名前を呼んではいけないあの人」もスリザリンだったと聴く。ハグリッドもスリザリンを良くは思っていないはずだ。悪の道に走った者は、みなスリザリンの出身だった…──。
 ハリーの表情に、ハグリッドは大きな掌で自分の頭を撫でた。何と言って良いものか考えあぐねている、といった様子。ロンも、言葉にしないものの、信じられないと言いたげだったので余計にだった。
「寮がすべてじゃねえ、ってこったな。ミネアは純血だったが、純血主義じゃなかった……リリーと仲が良かったし、エリアスはマグルだしな。お前さんたちの考えるスリザリン生とは、また違う。そういう奴もいるんだ」
 ハグリッドの諭しに、ハリーもロンも揃って頷いた。スリザリンは嫌いだが……それは変わらないが、だからと言ってランスやランスの母親を嫌うのは違う気がした。事実、ランスを嫌う理由なんて、何処にもないのだ。
 ハリーは話題を変え、スネイプの授業について話した。ハグリッドの言葉はロンと変わらず、気にするな、だった。スネイプは生徒という生徒はみんな嫌いなんだから。
「でも僕のこと本当に憎んでるみたい」
「ばかな。なんで憎まなきゃならん?」
 そう答えるものの、ハグリッドの挙動は妙だった。さっきまでしっかりと合っていた目線が交わらない。今度はハグリッドが話題を変えた。どうにも不自然に感じる。
 ハリーがたまたま目にした、日刊予言者新聞の切り抜きについて問い掛けた時も、ハグリッドはやはり目を合わせなかった。今度は確信があった。ハグリッドって、嘘が下手だなあ。そこが良いところでもあるけれど。
 ──荒らされた金庫は、実は侵入されたその日に、すでに空になっていた。記事の一文に、誕生日のことを思い返す。ランスと初めて会ったあの日、グリンゴッツは何者かの侵入を許してしまった。その中身は、ハグリッドが取り出した汚い小さな包みなのかもしれない。
 ランスにも話したいな。自然とそう思うハリーにとって、ミネアがスリザリン出身だったことなどは、ほんの些末なことだった。



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