扉がぱっと開いた。ランスの目の前にはエメラルド色のローブを着た背の高い黒髪の魔女が厳格な雰囲気を纏って立っている。脳裏に入学許可の手紙の文字が閃いた。エメラルド色。この人が副校長なんだろうと思った。
「マクゴナガル教授、イッチ年生の皆さんです」
「ご苦労様、ハグリッド。ここからは私が預かりましょう……ですが、この子は医務室につれて行ってください。マダム・ポンフリーがすぐ治してくださるでしょう……それから大広間へ、お願いします」
 マクゴナガルの目がちらりとランスを捉え、澱みなく告げた。本日二度目となる間の抜けた疑問の声を上げ、しかしそんなランスの意志を気遣う様子もなくハグリッドが再びランスを抱えた。
 松明の炎に照らされた石壁の廊下を進みながら、ランスは群衆を見遣った。マクゴナガルに連れられてホールを横切って行った……すぐ大広間に向かうわけではないらしい。
「急がんと組み分けに間に合わん」
「寮の組み分け?」
「そうだ。せめて宴会が始まる前には行かんとな」
 ハグリッドが大きな足を懸命に動かし息を切らしてくれたおかげですぐ医務室に着いた。まさか入学して早々お世話になるとは思っていなかった……のはマダム・ポンフリーも同じだったようで、手当てをしながらぶつぶつと呟いていた。
「まったく初日から怪我だなんて……」
 処置は早かった。小瓶に入った無色透明の液体を傷口に何滴か垂らされ、灼けるように痛んだが次の瞬間には殆ど治っていた。裂けた皮膚の下からみるみる内に新しい皮膚ができ始めている……それから念の為にと包帯を巻かれた。
「そんな格好じゃあんまりですね」マダム・ポンフリーが杖を軽く振った。破れて、泥のついたローブが元に戻っていた。
「さあ、早く大広間にお行きなさい」
「ありがとうございました」
 ランスはマダム・ポンフリーに頭を下げ、急いで医務室を出た。外で待っていたハグリッドに案内されながら、来た道を引き返す。再び玄関ホールに戻った時、大広間から割れんばかりの歓声が聞こえた。
「間に合ったか。二重扉を真っ直ぐ進めば大広間だ。準備はええか?」
 そう言ってハグリッドはランスの顔を覗き込んだ。扉の向こうでは歓声が沈み始めていた。深く息を吸い……ランスは大きく頷いた。
 ハグリッドの両手が扉を押し開けた。
 何千もの蝋燭が中に浮かび、四つの長テーブルを照らしている。テーブルはもう殆ど埋まっていた。ランスは真っ直ぐ前を向いた……ハグリッドが先生方の座る席に座るのが見える……その場にいる全ての目がランスに注がれている。
 四本足のスツールと、その上に置かれた汚らしいとんがり帽子が目に入った。エリアスのよく語る「組分け帽子」なのだろう。その隣に立つマクゴナガルがランスの姿を見て巻き取っていた羊皮紙を僅かに開いた。
「アッシュフォード・ランス」
 厳かな声が響いた。痛いくらいの静寂に包まれ、ぴりぴりとした緊張が肌を刺す。ランスが椅子に向かう足音が響き、大広間にざわめきが戻った。
 ハリーは首を傾げた。自分の時と同じような囁きの声が広がっている。横を見るとロンがぽかんと呆けてランスを見つめていた。
「ねえ、どうしたの、ランスのこと、みんな知ってるみたい」
「えっ!いや、そりゃあそうだよ……彼、君と同じくらい有名なんだ!」
「あなた、本当に何も知らなかったのね……ランス・アッシュフォードはあなたと同じ、生き残った男の子なのよ」
 ハーマイオニーがロンとの会話を盗み聞いていたのも気にならないくらい驚いた。生き残った、という言い回しの意味だけはもう教えてもらわなくてもよくわかっていた。ヴォルデモートに狙われて、けれど死ななかったということだ。しかしダイアゴン横丁で見た時、ハリーと同じような傷は無かったが……
 そんなハリーの疑問にハーマイオニーが答えた。心を読めるのかと思う程ばっちりなタイミングだった。
「あなたは例のあの人に勝った、そして生き残ったけど……彼は何故か殺されなかったのよ。傷一つない状態で見つかったって、本に書いてあったわ……」
 ハーマイオニーの言葉を聞きながら、椅子に座り組分け帽子を被るランスを見つめた。
 ランスがどの寮になるのか。それこそハリーと同じくらいみんな気になるようで、ランスの頭がすっぽりと帽子に隠れた時、大広間は再びしーんと静まり返った。
 ランスの頭上で「うーむ」と組分け帽子が唸る。
「難しい……非常に難しい……ミネア・ロゼリアの息子だね?」
 ランスが頷く。
「ふうむ……あの子の時にも非常に悩んだものだった。勇気があり、真っ直ぐで意志が強く……目的の為に割り切らねばならないこともあると理解していた。ほうほう……君にも通ずるものがある……」
 ランスはただ黙って聴いていた。
 本当に悩むように、組分け帽子が折れ曲がる。自分の時もそうだったのかな……ハリーは頭を抱える組分け帽子をぼんやりと眺めた。どんな会話をしているのだろう。大広間は静けさに満ちていたが聞こえなかった。
「母親がどこの寮かは知っているね?」
「はい」
「母親と同じところがいいかね?」
 問われ、ランスは開きかけていた口を閉じた。闇の中で母親、ドラコ、そしてハリーの顔が浮かんだ。浮かんで……口許が緩んだ。
「ハリーと一緒がいいな」
 率直な想いが口を突いた。帽子はふむ……と頷き、そして。
「グリフィンドール!」



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