「エレンの馬鹿!」
 学校が終わってアルミンと帰ろうとしていたら、校門にぺトラさんが立っていた。わざわざどうしたんだろうね、とアルミンが声を掛けたらこの様だ。俺の顔を見るなり暴言を吐いた上、容赦の無い平手打ちが襲った。アルミンは驚きのあまり大きく見開いた目で俺とぺトラさんを交互に見つめているけど、俺には見当がついている。ナマエさんのことだろう。
 じんわりと熱をもってきた頬を押さえて、痛いですよとぽつり呟く。激昂したぺトラさんは肩で息を繰り返し、その目からぽろっと雫が零れた。ぎょっとする。
「こんなの…ナマエの痛みに比べたら大したものじゃないわ!」
 まさか泣くなんて思わなかった。この世界で再会した時も喜んではいたが泣いてはいなかった、ましてや兵士として生きていた時は尚更。余計に衝撃は大きい。
「なんでナマエにあんなこと言ったの?!」
「……」
 ぺトラさんには、解らないだろう。
 ナマエさんのことが好きだった。巨人になれる力を持った異質な俺に臆することなく、たとえそれがリヴァイ班の人間としてやらなければならないことだったとしても、対等に接してくれた。一人の兵士として、仲間として。それがどんなに嬉しくて、救われたか。いつの間にかそんなナマエさんに心惹かれていたことも。だからこそ生きて欲しいと願ったこと。俺のナマエさんに対する想いは、短くても二人で共有した時間が礎としてある……だから、覚えていて欲しくて。ほんの少しでもいいから思い出して欲しくて。
 でもそれは叶わないとわかって、それでいて変わらずナマエさんを想い続けることができる程、俺は大人じゃない。これからもこの苦しみが続くと知っていて尚、報われることのない期待をかけるのは辛い。言い聞かせるしかないじゃないか。ナマエさんのことなんてどうでもいいって。
「そんなの、身勝手よ…」
 ぺトラさんの絞り出したような声にすう、っと冷める。ああほら、どうせ解らないくせに。口で理解できるなんて言うのは簡単だ。ふてくされた感情が湧きあがる。それを知ってか知らずか、ぺトラさんがキッと俺を睨む。
「確かにナマエは何も覚えてないし思い出さない…けどそれがどうして何も知らないことと一緒だと思うの?」
 ぺトラさんの言葉に眉を顰める。どういう意味ですか。周りは帰路に向かう生徒たちが不審に思ってちらちらとこちらを窺っていて少し騒がしくなってきた。けれどそれを気にも留めず、アルミンでさえじっとぺトラさんを返答を待っている。
「……ナマエにね、相談されたことがあるの。変な夢をみるんだって」
「夢、ですか?」
 アルミンの問い掛けにぺトラさんが頷く。
「気が付くと高い高い壁を見上げていて、そんな自分の掌は真っ赤に染まってる。誰かの名前を必死に呼ぶけどそれが誰の名前かも分からない……」
 ――時が、止まったような。雑音が遮断される。ぺトラさんの言葉を何度も反芻する。それは、それが意味するのは。
「その夢の中で私を見たような気がするって。兵長やオルオ、エルド、グンタ……それにエレン、貴方のことも。わかるわよね、どういう意味か」
「俺、は……」
 鼓動が速くなる。口がカラカラに乾いて、うまく声が出ない。俺はとんでもない間違いをしてしまったんじゃないか。アルミンの手が、震える俺を宥めるようにそっと背中を撫でる。
「エレン、貴方はどうしてナマエが貴方を庇ったか知りたいって言ってたわね。本当にわからないの?」
 ナマエはね、貴方に生きて欲しいと思ったのよ。貴方がナマエにそう願ったように、同じように想っていたの。だから。
 言い終わっていないのはわかったけれどそれどころじゃなかった。何を思うより先に体がが動いた。ナマエさんのところに行かなきゃいけない。アルミンの呼ぶ声がする。ごめん、もう走り出した気持ちは止まりそうにない。
 勝手な思い込みで貴女を傷付けた。俺たちは始まってなかったわけじゃない、始めなきゃいけなかったわけでもない。俺たちは続いていたんだ。たとえナマエさんに全ての記憶が無くても。
 どんな言葉を尽くして謝ろうか。頭の中は空っぽだ。ただ今はとにかく、彼女の許に辿り着くことだけを考えて、ひた走る。





20140215




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