初めまして。そんなありふれた自己紹介にさえ違和感を抱いて眉間に皺を寄せたことを覚えている。生まれ変わってもナマエさんは俺よりも年上で、まだ小学校に入学したばかりの俺を容易に避けるかのように中学生になっていた。少し前に引っ越してきたの、と笑顔で利き手を差し出してくる姿は記憶にある最初の邂逅と何一つとして変わらない。俺は何よりもそれが不満だった。たった一つだけの変化が欲しかった。
 どうして、あなたは俺を忘れてしまったのですか。

 巨人も居ない、果ての無い青空の先を隔てる壁も無いこの世界に生まれ落ちて、俺は安堵よりも虚しさに泣いた。確かに地獄だった。それでもあの地獄が俺の世界だった。たくさんの人が犠牲になって守り続けてきた、俺の生きる世界だった。壁の向こうに夢を抱いたまま息絶えた結果として此処に生を受けたのだけれど。
 どういうタイミングで次の人生が始まるのか、前世で関わってきた人全てがこの世界にいるのか。解らないし確証も無かったけれど、俺はすぐにまたミカサとアルミンに出会う。今度は2人の親も無事なままで。幼稚園に入ればジャンやコニー……104期生の面々もいた。
 そうして解ったことは、俺のように記憶が全て残っている奴と部分的に残っている奴がいるということだ。何がその差を作り出すのかは解らない。ミカサやアルミンは俺と同じだが、大半には曖昧な部分があった。それでも、言い様の無い懐かしさと再び巡り会えた仲間への喜びを感じるのには充分だった。今はこうして笑いあえるから、それでいいよね。アルミンの言葉に対する反論は何も、誰もなかった。
 数年後、俺はやっとナマエさんに出会う。きっと転生しているはずだと、あった確信が現実になった。けれど俺の希望は彼女によってあっさりと砕かれるのだ。
 ナマエさんは、まったく何一つとして前世の記憶が無かった。



「――僕達、この年に調査兵団に入団したんだよね」
 ひんやりとした屋上の床に腰を降ろしたアルミンがふと思い出したように呟く。放課後を迎えた校庭は部活動に勤しむ生徒たちの声に溢れて、此処にいても木霊するそれが聞こえてくる。走り込みをする姿に小さく笑いが込み上げた。あれの比じゃないくらいの訓練をしてたんだよなあ。
「そういえばエレン、一昨日のことなんだけど、本屋に行った時ぺトラさんに会ったよ」
「そうなのか、何か言ってたか?」
「エレンに話があるって、……ナマエさんのことで」
 自分の表情が力を失って無になっていくのが分かる。アルミンの困ったような苦笑いが視界の端に映り込んだ。まだ許せないんだね。応えなんて知っているアルミンの問い掛けに俺は何も言わずに隣へ腰を降ろした。
 ナマエさんは何も覚えてなかったし、10年近くの年月が過ぎてその周りには過去と同じ仲間の風景があるのに、何を思い出すこともない。ナマエさん以外は辛いものでも抱いたままなのに。
 俺はまたぺトラさんに怒られるのだろう。ナマエさんは(彼女の中では)初めて会った時から俺が言葉にしないでも不満があることを肌で感じているし、それを相談する相手はぺトラさんだ。あんな態度をとるのは辞めなさい、と以前に言われたことがある。
 ナマエが何も覚えていないのは、ナマエが悪いわけじゃない。誰に責任があることでもない。覚えてないことがあの子にとっての救いかもしれない……ぺトラさんの言い分はわかる。忘れられた寂寥を抱くのが俺だけじゃないことも。それでも。
「エレンはナマエさんが好きだったもんね……昔から」
 ほんの少しでも良いのに、欠片さえ無くしたナマエさんへの愛憎が、いつまでも胸の奥で渦巻くのだ。



20140202




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