気味の悪い夢から覚めると、時計は起きるべき時間を大幅に過ぎていることを示していた。じっとりとした汗を拭う。朝練どころか既に授業が始まっている時間で、急ぐ気力も湧かない。チカチカと光る携帯を見れば木野からメールが届いていた。
 二通届いていたメールの概要は寝坊かを問うものと授業には遅れないように、という忠告。……もう遅いけどな。聞こえるはずもない謝罪を呟いて、シャワーを浴びる為に風呂場へ向かった。



「もう、瑞希君てば…遅刻しないでって言ったのに」
「ん…悪かったよ」
「寝ぼけてないで早く食べなさい!」
 母親のように世話を焼いてくる木野に手渡された弁当をつつく。別に食べなくても大丈夫なのに、とは思ったものの、好意を無下にすることは出来ない。有り難く食べるのは良いけど、遅刻したことと授業中の居眠りとで小言が多いのには思わず苦笑してしまう。本当に、母親みたいだ。
 僕に両親がいないこと、サッカーが出来ないのには体が弱いという理由があると知るのは円堂だけだ。円堂も、更にその原因までは知らない。ひた隠しにするのは、知られたくないこともあるから。頑なに口を閉ざしても無理に訊こうとはしない円堂の優しさには感謝している。
「木野せんぱーい!」
 二年の教室に臆することなく廊下から大きな声で呼びかけてくるのは音無だ。大きく手を振る音無に対して木野が小さく手を上げる。それが合図のように、音無は一番奥の席に居る僕たちの元へ懸けて来た。……誰かを連れて。
「聞いてください!今日クラスに転入生が来たんですけどっ、」
 音無に手を引かれていた女子生徒が一歩前に出る。
 赤みがかった茶髪は肩に触れるくらいの長さで、夏未のように緩くウェーブがかかっている。琥珀のような瞳は微苦笑に細められ、こちらを見つめている。線が細く儚げな印象を受ける、けれど……何だろう、妙な違和感がある。
「眞藤真理です。初めまして」
「すぐ仲良くなって話してたら、真理がサッカー部のマネージャーになりたいって!」
「本当?!」
 木野の喜びが滲んだ声に、眞藤が柔らかな笑みを浮かべて「はい」と応える。
「春菜からいろいろ聞いて、やりたいなって……」
 おっとりとした口調は夏未とは少し違うお嬢様のようだ。その微笑も……穏やかな為人が作り出すような姿なのに、ざわざわとしたこの感覚は何なんだろう。
 にっこりと頬を緩めた眞藤と目が合う。喉の奥に空気が絡み付いてまともに返すことは出来なかった。眉根を寄せて顔を歪める僕を他所に、三人の会話は続く。
「大歓迎だよ!えっと、真理ちゃんでいいかな?」
「はい!」
「じゃあ早速、今日の放課後からどうですか?!」
 楽しげな声を聴きながら、席に着いた僕は木野からもらったお茶を流し込んだ。胸にあるもやもやを洗い流したかったけれど、意味はなかった。

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