鬼道さんに、彼らしくない力で腕を引かれ体育館裏に連れて来られた。壁を一枚隔てて室内の部活動の準備が聴こえてくる。部員の声、シューズが床を踏む軽やかな足音、ボールが跳ねる音……ぼんやりと耳を傾けていると、鬼道さんが両手で胸倉を掴んできた。自身の身体と体育館の外壁で押し潰す勢いで詰め寄り、弾みで肘が横腹を掠めた。思わず顔が歪む。
 行動から見て取れるように、隠し切れない憤りが熱を帯びて、ゴーグル越しに見える目はぎらついていた。その怒りが何から来てるのかなんて、わざわざ考えるまでもない。
「どんな手を使った」
 憤りの余りに微かに震える声で問われる。帝国サッカー部のことだ。昨日会ったみんなは僕を信じると言ってくれた、そのことが鬼道さんには信じられないのだ。自分と道を違えるなんて。
「別に、何も」
「嘘を吐くな!あいつらがお前の方につくなど、有り得ない!」
 昨日の時点でおかしいとは思ったのだろう。無傷で戻ってきたから。それは夏未も同じだったようで今朝、昨日のことを訊かれた。みんな練習をしているだろうと安心して部室で話してしまったのがいけなかった……鬼道さんに見つかったのだ。夏未が居る前では流石に何も出来ず、何か言いたげではあったけれど、練習に戻って行った。それから慌てて佐久間に電話をした。こんな、帝国のみんなにまで迷惑を掛けたくなかったのに。
 電話越しに佐久間は気にするな、と笑った。どうせいつかはわかることで、今日の内には報告するつもりだったから、と。佐久間がそれを実行したのか、それとも鬼道さんから訊いたのか……どちらにせよ事実を確認して怒りを滾らせた鬼道さんに僕は呼び出されたのだ。
「あいつらが、俺よりお前を信じるなんて有り得ないんだ……!」
 僕の胸倉を力任せに掴み、壁に強く押し付け、鬼道さんは自分に言い聞かせるように吐き出す。激しい感情の起伏を露にする様子を突きつけられる程に、僕の心は静かに冷めていく。
 仲間に、決して短くはない時間を共に過ごして戦ってきた仲間に信じてもらえなかったという事実が鬼道さんを蝕んでいる。その苦しさの原因を僕にして、ただそれだけのことなのに。なのに、なんだろう、――沸々と何かが込み上げる。
「何をしたんだ!」
「……煩い、」
 自分でも驚く程、低い声が出た。思わぬ反論に、鬼道さんの目が大きく見開く。困惑しているのがわかった。その瞬間に鬼道さんの力が弱まって、僕は首を押し付けていた細腕を振り払った。まさか僕がそんなことをするとは思わなかったのか、鬼道さんが後ろによろめく。
「……、どうして…」
 信じてもらえない、その苦しさを知ったのに、どうして僕を信じようとはしてくれないのか。自分だけが苦しいとばかりに振り翳すのか。――言葉にしたくなくて、でも此処に居れば口から零れ落ちそうで。僕は走り出した。
 心臓が痛い。身体が痛みとして警告を発する。だけどその痛みだけが、僕が生きている証だった。

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