一緒に居ることで多少なりでも染岡たちから守れるだろう、という一之瀬の提案で、基本的に誰かと行動することが多くなった。今日も木野、一之瀬、土門と連れ立ってグラウンドに向かっていた僕は、部室に行く直前で響木監督に呼び止められた。三人には先に行くように指示した監督は、サングラス越しにじっくりと僕を見つめた。
「……実はな、帝国に行ってもらいたいんだ」
「帝国、ですか?」
 思わぬ言葉に目を丸め反射的に訊き返す。ああ、と肯定した監督の声はどこか重苦しい。
「既に帝国には伝えてあるが、今後雷門イレブンが戦う可能性が出てくる学校の一つに世宇子中が挙がる。去年まで無名だったこともあって謎も多い。早めに対策を練る為にも、実際に戦ったことがあり強さを知っている帝国の情報が欲しい」
「……成る程」
 正論ですね、と頷いた僕に、監督は眉根を寄せて囁いた。「気をつけろ」。
「言い出したのは鬼道だ。わざわざお前を指名した上で、な」
 ……鬼道さんか。何を考えて進言したのか、想像に難くない。
 単に世宇子中の情報を得る為ならば、鬼道さん自身が行けば良い話だ。偵察は快く思われないことが多い……敗北の傷心にある者は特に強い拒絶を示す。けれど鬼道さんは元は帝国学園の生徒であり、帝国イレブンのキャプテンだった。仲間の雪辱を晴らす為に雷門中に転入してきた……と聴いている。普通に考えれば、帝国サッカー部員からの信頼も厚い鬼道さんが行くのが一番良いはずだ。それをわざわざ、予選の際も行っていない僕を行かせるというのは……現状も踏まえれば、つまりは。
 制裁の為に帝国の仲間の手も借りると、そういうことなのだろう。
「わかりました。行ってきます」
 裏側が見えてもその提案はかなり筋が通っている。行かないわけにはいかない。
「……芦川」
 鞄を肩に掛けて踵を返した僕を監督が呼び止める。振り返り見た監督は沈痛な面持ちで肩を落とし、伝説のイナズマイレブンのゴールキーパーとは思えない程、頼りなく小さく見えた。
「本当なら、フットボールフロンティアを出場停止になったとしても、お前を守る為にこの状況を打破すべきなのに……」
 僕の身に起こっていることは、突き詰めれば眞藤の……陰謀とでも言えるが、傍から見れば単なる暴力事件と同じだ。公に知られることとなれば、雷門中サッカー部はフットボールフロンティアの出場権利を剥奪される可能性が高い。染岡たちはそんなこと思いもしないのだろうけど。
 今の雷門イレブンは強い。もうグラウンドを使うことさえ出来ずに軽視されてきた弱小チームじゃない。伝説さえ超えていける程。フットボールフロンティアに出場し、そして優勝することは雷門サッカー部全員の夢であり目標だ。円堂の祖父である円堂大介さんと、彼の率いてきた響木さんを始めとする伝説のイナズマイレブンのそれでもあった。それが今、もう少しで叶いそうなんだ。
 四十年前の悲劇……本当なら掴めたその願いを、手を伸ばすことすら出来なくされた悔しさは監督が誰よりも知っている。
「……いいんです。僕は公にしないでくれたことに感謝しています」
 僕だってみんなと、マネージャーという形でもフットボールフロンティアに出場出来ることは嬉しい。優勝したい。こんなことで……潰されたくない。その為なら何だって頑張れる。信じてくれると言ってくれた仲間だって居るんだ。
「僕は大丈夫ですよ」
「芦川…、すまない…」
 微かに湿り気を帯びた声に何も言えずただ微苦笑を浮かべ、失礼しますと告げて帝国へと向かった。

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