「瑞希!」
「っと、びっくりした……」
 一之瀬が部室の扉を開けようとノブに手を掛けた時、向こうから勢いよく押し開かれた。大きな声で僕の名前を呼んだ円堂が、視線が交わると焦燥の滲む顔をほっと緩めた。その後ろで待たされた夏未が円堂を中に入るよう促す。
 円堂がこの場に来た意味を、表情の理由を、悟る。円堂はもう全て知っているのだ。何が起こったのか。誰が、どんな選択をしたのか。
 生唾を飲む。喉がひくりと震える。円堂を見ていられなくて俯き、僅かな沈黙に耐え切れず、掠れる音を吐き出した。
「僕……、僕は、サッカー部に居ても良い、の?」
「なっ、何言ってるんだ瑞希!」
 土門の手が言葉を堰き止めるように僕の肩を掴む。それでも胸の内で綯い交ぜになった想いは纏まりもなく口からぽろぽろと零れた。
「僕のせいだ、僕のせいで、こんな……。円堂が、みんなが一生懸命築いてきた、サッカー部なのに……僕のことなんかで対立しなくちゃいけなくて……もし、円堂が望むなら……」
 失いたくない居場所。でもそれを一番に掌にくれたのは円堂で、中心になって築いてきたのも円堂で……恩を仇で返すどころの話じゃない。眞藤が何を考えていようと、音無がそれに付随しようと、僕が居なければ起こりえなかったことだ。僕が、壊した。果たして僕に、此処に居る権利はあるのか。
「何、言ってるんだよ」
 微かに震えた声に、弾かれて顔を上げる。
「みんなで築いてきた、その通りだよ。そこには瑞希だっているんだ、なのに、そんなこと言うな!」
 ぐっと何かを我慢するように眉間に皺を寄せ、目に薄い涙を溜めた円堂の一喝に戦慄く。何か返そうにも唇が、喉が、胸が震えて音にならない。
「円堂くん、落ち着いて。此処に居る全員に話しておきたいことがあるの」
 荒く息をする円堂を宥め、夏未が一歩前に出た。
「昨日のことがあって、私は眞藤真理のことを少し調べたの。此処に来る途中で風丸くんたちにも色々話を聞かされたけど……私は芦川くんがそんなことをするとは思えないし、余計に眞藤真理に対して不信感が増したわ」
 そう言って夏未が嘆息する。――学校のデータベースを見たのだけど、と続ける横顔には憂いが見える。
「何も情報が無いの。生年月日、家族構成、個人情報に至る全て……もしかしたら、眞藤真理という人間自体、存在しないのかもしれない」
「なっ、それって……偽名ってこと?なんでそんなこと…」
「それがわからないから、円堂くんに注意して欲しいって伝えたのだけれど……一足遅かったわね」
 こんなことになるなんて……。消え入りそうに囁き、夏未は僕を見遣った。普段の自信に輝く瞳は翳り、沈痛に顔を歪める。滅多に見ない姿に息が詰まった。心配してくれていたのが、よくわかったから。
 その表情をすっと戻して、夏未は一之瀬と土門を見た。
「此処に居るってことは、二人は芦川くんの味方なのね?」
 二人が揃って頷く。
「そう……、一つ、注意しておきたいことがあるわ。あまり芦川くんを庇い過ぎてはだめよ」
「は、あ…?!なんでだよ!」
 一之瀬が噛み付く。視界の端に映る木野と土門も、声を発しないものの驚き、疑問が尽き無さそうだ。
 夏未の意見には、一理ある。深く息を吐いただけで横腹がずきりと鋭く痛む。未だに脈を打つこの痣は、そう簡単に治るとは思い難い。これからはこんな傷がたくさん出来るはずだ。勿論死に至ることはないけど、運動をするには厳しい。僕を庇っても二人に危害が加わらないと断言は出来ない。……雷門イレブンは今、フットボールフロンティアの真っ只中だ。
「一之瀬や土門に怪我をさせるわけにはいかない……」
「……それも勿論あるけれど、あくまで二番手ね。一番は芦川くんの為よ」
 夏未の視線がちらりと円堂に向けられる。下唇を噛み締めて、円堂は黙っている。その表情は納得というには程遠いが、理不尽さえも受け入れると言わんばかりに目を伏せた。
「一之瀬くんと土門くんはレギュラーであり仲間としての信頼も既に厚い。だからこそ、二人が庇うと逆効果になる可能性が高い……。たとえば、そうね、芦川くんが二人を騙したって捉えるとか」
「っ、そんな……」
 一之瀬が悔し気に壁を叩きつける。鈍い音が響いた。
「守れないってことかよ…!」

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