「……いない?」
 木野の呟きは広いグラウンドに溶け込んだ。その背後で、円堂がぽつりと置かれた籠を厳しい表情で見つめている。
 木戸川清修との試合を終えて戻ってきた面々の前には、瑞希の姿も、忘れ物があると言って出て行ったまま戻らなかった眞藤の姿もない。洗濯物は干したまま、部室も鍵が掛かっていなかった。思い当たる所を探して走り回った一之瀬と土門は、息を切らしながらも木野の声に頷く。
「おかしいよ、連絡もとれないなんて」
「まさか……瑞希の奴、なんか変なことに巻き込まれたんじゃ…」
「巻き込まれた?」
 土門を遮って、染岡が叫ぶ。小馬鹿にするような声色に思わず顔を顰め、それを隠す気すら起きなかった。何だよ、と問い返され、染岡は鼻で笑った。
「逆だろ。芦川が眞藤を巻き込んだに決まってんだ!だから眞藤を一人で行かせるなって言ったんだよ!」
 宍戸や壁山が同意の声を上げる。土門は自分の眉間の皺が深くなるのがわかった。この、異常なまでの排他的な態度は何だ。どうしてそんなに言い切ってしまえるのだろう。仲間なんじゃ、ないのか。
「……いい加減にしろよ」
「あぁ?」
 隣で上がった声に、は、と我に返る。長い付き合いで知っている。一之瀬のこの低い声は、本当に憤った時のものだ。
 やばい、と思って腕を伸ばしたが、僅かに遅かった。止めようとした土門を掻い潜り、一之瀬が染岡の胸ぐらを掴む。
 誰かの息を飲む音がした。空気が一気にぴり、と不穏さを増す。
「お前ら…っ、本当に瑞希がそんなことする奴だって思ってるのかよ…!どうして瑞希のこと信じてやれないんだよ!」
「おい一之瀬、落ち着け!」
「うるせえよ……一之瀬こそなんでそんな芦川に固執してんだ!」
「あいつのどこにそこまでの価値があるんだよ」
「っ……マックスおまえ…!」
 松野の言葉に土門もかっと頭に血が昇った。制止の手が緩むどころか、反射的に自らも松野に掴みかかっていた。
「止めろお前ら!」
「今はこんなことしてる場合じゃねえって!」
 止めに入った豪炎寺と半田を見遣り、風丸が小さく嘲笑う。
「豪炎寺と半田、それに……少林も芦川の味方ってわけか」
「っ、誰の味方とか、そんなんじゃないだろ!」
「僕たちは真実が知りたいんです…!」
 宍戸、壁山、栗松がそんな3人に掴み寄る。
 なんでこんなことになるの。此処で争ってる場合じゃないのに……!
「やめてよみんな…!」
 木野が泣き叫んでも、誰にも届かない。膝から崩折れる木野を支えようと、音無が駆け寄った。ぼろぼろと寄り添って涙を流す2人を、敵対しぶつかり合う現状を、目の当たりにして鬼道は立ち尽くす他ない。
「──止めろ!」
 響く。円堂の一喝に、全員がぴたりと動きを止めて視線を向ける。静かな面差しには怒りさえ浮かんでいない。どこまでも冷静な様に、熱くなっていた面々もたじろぐ。
「予想で話しても仕方ないだろ。いないっていう事実が大事なんだ。話は2人を見つけてから、そうだろ?」
 その言葉に、掴み合っていた手がぱらぱらと解かれていく。ばつの悪い染岡の舌打ち、啜り泣く声が木霊する中で、鬼道の携帯が空気を裂いた。着信を知らせる音。
「佐久間、……そうか。わかった」
 短い会話の後、電話を切った鬼道は全員を見回した後に円堂を見据えた。何事かと潜む静寂の中に、鬼道の小さな声が落ちた。
「瑞希は、病院にいるらしい」

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