「こんなに上手くいくとは思ってなかったわ」
 眞藤は軽やかな笑声混じりに囁き、震える音無の肩を抱いた。小刻みに揺れる様に眞藤の口端に携えられた笑みは歪みを増す。
 泣いているの?と歌うように問われ、音無の大きな双眸から雫が零れ落ちる。
 一週間経った今も、あの日の罪悪感が消えない。胸に降り積もっては澱として溜まっていく。部員に虐げられ、傷付けられる時も瑞希は声を上げず、その姿を見る度に涙が込み上げて心が悲鳴を上げる。自分のせいだ。瑞希先輩がこんな目に遭っているのは、私のせいなんだ……けれど兄である鬼道や風丸たちはそれを別の涙だと勘違いしてしまう。
 どう足掻いても、一度裏切った音無に現状を変える術はない。こんなつもりではなかったと思っても、意味はない。
「そんなに辛いの?……じゃあ、鬼道さんたちに本当のことを話してみる?」
 突然の提案に弾かれたように顔を上げる。眞藤は慈愛さえ垣間見えるような微笑を湛えて緩く首を傾げ、音無を見つめた。
「そうすれば芦川先輩の誤解は解けて助けられるわ。でも……」
 微笑みが惨忍さを帯びる。
「春菜が嘘を吐いてたなんて知ったら、鬼道さんはどう思うかしら?」
「っ…!」
 ぐらりと視界が揺らぐ。真っ暗な絶望に塗り潰された思考が侵食する。我が身可愛さに瑞希を陥れたこと、心配さえしてくれたみんなに……兄に、嘘を吐いたこと。もし、知られたら。
「軽蔑されるかしら?……捨てられてしまうかも」
「いやぁ…っ!」
 嫌だ、嫌だ、お兄ちゃん……音無の見開かれた双眸から溢れた涙が滴る。譫言のように呟き頭を掻き抱く。失いたくない。……どんなことをしても。
 かたかたと恐怖に震える細い肩を抱いたまま宥める為に背中を撫で下ろし、眞藤は場に不釣り合いな程優しげに笑った。「大丈夫、何も心配要らないわ」。囁きは音無の胸に生温く溶けて行く。
「私に全てを任せてくれれば、大丈夫よ」
 琥珀から柔らかな温かみが失せる。冷たい悪意を宿して愉快そうに細めた瞳に、鬼道の姿がちらりと映った。音無の様子を見に来たのだろう。好都合だ。使えるものは、全て使う。
「鬼道さん、お話が……」





罪人の手で廻る物語


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