時臣の紹介に葵さんの背後から顔を覗かせた少年は愛想が無かった。葵さんが少し身を翻して姿が露になった彼は、葵さんよりも3つ年下の幼馴染だという。つまり私の一つ下で、高校2年生ということだ。難しい年頃、というよりは警戒心が人一倍強かったのかもしれないと改めて思う。どういった経緯で知り合ったかは知らないが、時臣に誘われた葵さんについてきただけらしいので、案内されたにしても見知らぬ場所には神経質になるものだろう。知り合って然程の時間は経っていないだろうが、時臣は彼に対してある程度の恭敬と親近感を抱いているのが見てとれた。理由は簡単、彼が「間桐」雁夜だったからだ。
 禅城の名にも聞き覚えはあった。元は魔術師の家系だったが数代前のは廃れており、しかしながら稀有な遺伝体質を秘めているのだと。なるほど、時臣が気に掛けるわけだ。彼女自身に魔術回路は無くても、彼女の家系にのみ存在する特質は魔術師に何らかの効果をもたらす。…かもしれない。あくまで可能性の範囲ではあるが、もし有り得るのだとすればそれは歓迎すべきことである確度が高い。そこまで考えて、つくづく自分の魔術師なのだと自嘲が零れた。しかし時臣にとっては間桐の方が留意すべき存在なのだろう。名門であり盟友である間桐の…話によれば次男らしい…人間は時臣の興味を引くには充分過ぎた。
 それとは正反対に、雁夜くんはあまり魔術に関して話そうとはしなかった。時臣が何か話を振る度に、むっつりと眉根を寄せて黙り込んでしまう。それを優しく窘めながら葵さんが言葉を紡ぐ。その様子を眺めることで初日は過ぎていった。恐らく有意義な時間だと思えたのは時臣と、強いてあげるなら葵さんくらいで、私と雁夜くんにとっては空白と何ら変わりなかったのだ。



「話があるんだ」
 それから雁夜くんが1人で此処を訪れたのは1週間も経たない頃だった。時臣も葵さんもいない、まるでそれを狙ったかのように。
 一度訪れたというのに雁夜くんは相変わらず落ち着きが無かった。この前も、動き回るわけではなかったが視線はきょろきょろと定位置を探すように彷徨っていた。物珍しさというよりも気恥ずかしさや単に気まずさを感じているからなのだろう。
 紅茶を差し出せば小さく礼を言うのが聞こえた。
「それで、話って?」
 向かい合う椅子に座って見遣ると、雁夜くんは丸テーブルにティーカップごとソーサーを置いて私を一瞥すると視線を少し下げた。切り出す言葉を決めあぐねているのか、口を開いても音を成さずに再び閉じる。催促する道理もないので何も言わずに見つめていると、不意に雁夜くんが顔を上げた。
「あ、葵さんが…時臣の話ばっかりするんだ…」
「葵さんが?」
「この前から、ずっと。時臣がプレゼントをくれたとか、魔術の話をよくしてくれるとか…」
 当然ながら初耳だった。時臣が会いに来る回数が格段に下がったとは思っていたが、そういうことだったのか…とはいえ嫉妬や不満が湧き上がる程、私は時臣に心を傾けているわけではなかった。特別な存在と言われれば婚約者なのだからそうなるのだろうが、それはあくまで両者の親が決めたことで私が望んだことではない。それは時臣にとっても同じなのだろう。私と時臣の関係はそんなものだ。
 けれど、雁夜くんと葵さんは違うらしい。
「雁夜くんは葵さんが好きなんだね」
「ぶ、ッ?!」
 口に含んだ紅茶を勢いよく吹きだした雁夜くんは、どうやら気管に入り込んだらしく激しく噎せていた。思わず顔をしかめてしまったような気がするが、取り敢えず私は無言でテーブルを拭いた。今思えば、紅茶の飛沫が私に掛からなかったのは奇跡と言って良いだろう。
 暫く咳き込んで、呼吸を落ち着かせる為に深く息を吸い込んだその目は潤んでいた。そんな目で睨め付けられても、悪いがまったく効果は無かった。それ以前にその反応は、私がぽつりと零した一言が何処までも事実なのだと言外に教えているも同然だった。
「時臣に嫉妬?」
「う、うるさいな…!そういうアンタは嫉妬しないのか、時臣と仲良いんだろう?」
「私と時臣はただの幼馴染だからね」
 今はまだ、の一言は紅茶と共に飲み下した。もし時臣が葵さんを好きならば、婚約が破棄される可能性も…無いとは言い切れなくなった。別にどちらでも良いのだけれど。
「それで、結局君はどうしたいの?」
 ただ単にそんな愚痴をしに来たわけではないだろう。私は雁夜くんだけでなく、葵さんとも面識は然程ないのだ。相談や胸の内を話す相手には相応しくないと…特にこんな類の話では…考え込まずとも解ることだ。それでもわざわざ私の許を訪れて、私に告げたのには何か理由があるとしか思えない。
 一度唇を真一文字に引き結び、雁夜くんはゆっくりと口を開いた。

「協力して欲しい、時臣が葵さんを幸せにしてくれるか判断したいんだ」













然もあらばあれ

私は一つ頷くばかりだった




















貴方の指が回す歯車
title by へそ様

13/03/07