たとえば雁夜くんの幼馴染が葵さんではなく私だったら、ということを日に一度は考えてしまう。そしたら彼は私を好きになってくれるだろうか。葵さんと諍いを持つこともなく時臣とも関わらず、そんな根底がある未来ならば、きっと誰も傷付かないのではないか、と。

 遠坂家とほぼ同じくらい続く魔術師の名門、それが私の父を当主とする七瀬家だ。私は七瀬家の人間として、幼い頃から名に恥じぬような振る舞いと教養を身に着けてきた。魔術に関しても同様だ。父は優しい人だったが紛う事無き魔術師だった。魔術のことになれば厳しく、まだ小さかった私は嫌になってよく泣いたものだ。そんな私を慰めてくれるのはいつも母だった。母も魔術師であることに変わりは無かったが、父よりも家族としての繋がりを大事にしていたと思う。とはいえ、魔術師の子として産まれた者にとって、私が経験してきたことは当たり前のことだろう。魔術というのは一族が重要視され、親は子どもに期待をかけるものだから。
 そしてこれもよくある話だけど…遠坂と七瀬は両家の親交をより深く、長く守る為に私と時臣を「婚約者」にした。時臣は既に将来の遠坂家当主となることが決定していた5歳にも満たない頃、私は産まれて間もない頃だったと聞く。だから私と時臣が出会った時、「これからの人生を共に歩んでいく相手」だと紹介された。しかし私が18になるまで…厳密に言えば高校を卒業するまでは結婚までの猶予と言われた。それまでは幼馴染として過ごすように、と。まあそれは、いずれ来る日の為に仲を親密にしておくようにという言外の命令の他ならなかったのだけれど。
 私が時臣に抱く印象は、根っからの“魔術師”だ、というものだ。確固たる信念と自負を持ち、克己心も強固なものだ。それを由緒正しく真っ当な魔術師とするならば、時臣はまず間違いなく第一人者になるんだろう。他人に関心がないわけでも、慈愛がないわけでもない。けれど彼の幸福というのはあくまで魔術師の幸福であって、普通の幸せというのは解らないのだろう。想像は出来ても理解出来ない。彼はそれを幸福だとは思わない。
 そんな人間と一緒になる私も、きっと普通の幸せなんてものは手に入らないのだろう。母が幸せではないとは決して言わないが、母と同じような人生を辿るのだろうと目に見えていた。しかし…これもやはり母と同じだろうか、私も魔術師である以上、別段の不満なんて無かった。

 あの日が来るまでは。





*





「紹介するよ律、禅城葵さんだ」
 婚約者として、幼馴染として。時臣が私の家を訪れるのはごく当たり前のことで、その日もありふれた訪問だった。ただいつもと違うのは、彼が1人では無く同伴者をつれていたことだ。
 それが初めての出会いだった葵さんは見目麗しく品行方正で、時臣が好きそうなタイプだなあという印象だった。傷みのない綺麗で長い髪、柔らかな面差し。私とそう変わらないはずだが大人びて見えた。
「そしてこちらが、間桐雁夜くんだよ」


 それが彼との邂逅だった。














世界の終わり

それは始まりでもあった



















此処が回帰点
13/02/25