幼馴染と言えば必ず訊かれることがある。付き合ってないの、だ。もしくは好きなんじゃないのか、付き合う気はないのか云々……そりゃあ色恋沙汰に興味津々になる年頃なのも分かるが、ちょっと少女漫画の読み過ぎなんじゃないの?というのが俺の正直な感想だ。幼馴染だからその辺の奴らよりは圧倒的にお互いのことを知っている自信はあるけど、あくまで友人の延長線みたいなもので。中学に入ってからは俺の部活が忙しくなって一緒に帰ることも、休日に家族ぐるみで出掛けることも滅多に無くなったけど、それでも俺となまえの幼馴染としての関係はこの上なく良好だった。冷やかされることは多々あるが、なまえはあまりそういうのを気にするわけでもないし俺もそうだ。胸を張って言える、なまえは俺にとって最高の幼馴染であり友人だと。

「なあなまえ、今日部活オフだし一緒に帰るか?」
 高校の一年目も同じクラスになったなまえの席は俺の斜め前で緑間の隣になった。中学時代に緑間にぼろ負けした経験を知っているなまえは、打ち負かした当の本人が俺を覚えてないと知って心配そうにしていたけど、それはあくまで過去の話。倒すことを考えて練習してきた日々も仲間になった今じゃ認めさせることの基盤になっているだけのこと。へらっと笑みを向ければなまえもホッとしたように笑い返してくれた。
 部活も一緒でクラスも一緒となれば仲良くする他ない。とはいえ緑間は堅物で笑うことも滅多に無いしふざければ容赦なく怒鳴られる。まあそんな緑間をからかって遊ぶのも楽しいし、少々ぶっ飛んだところはあれど女子に対しては最低限のマナーも持ち合わせているからなまえとは普通に接してくれるしで、俺となまえと緑間は自然と行動を共にするようになった。緑間は「みょうじはこんな男と10年以上も一緒にいてよく疲れないのだよ…」なんて失礼極まりないことを言うんだけどさ。
 秀徳高校バスケ部は、覚悟はしていたけど練習量はすげーし当然のことながら中学の頃よりも拘束時間が長い。少なくなったなあ、と思っていたなまえとの時間はそれまでより更に少なくなった。だけど今日は、さっき口にした通り珍しく部活がオフになった。監督が用事で来れないのもあって連日の疲れを癒す為の休息の日にしたというわけだ。嬉しいが明日の練習が怖い。……特に、宮地さんとか。
 1年はグラウンド20周な、と死刑宣告に近いセリフが脳内でリアルに再生されるのに軽い絶望を感じながらなまえの返答を待つ。
「あ、ええと…」
 予想とは裏腹に、返ってきたのは困ったような戸惑いの声。遠慮なくものを言う性格ではないけどこんなに歯切れの悪い反応は滅多にしないのに。何かあんの?と首を傾げればなまえは言葉を探すように視線を彷徨わせる。
 俺に言えないことなのか。そりゃあいくら幼馴染とは言っても違う人間なんだし話せないことや隠したいこともあるだろう。頭では理解出来ても心はそう簡単に追いつくものじゃない。自然と不満気な表情になっていくのが、鏡を見なくてもわかった。なまえが一層困ったように眉尻を下げて口許に手を当てる。あ、泣くかも…長年見てきた癖に慌てて弁解の言葉を口にしようとした時だった。
「みょうじ、」
 弾かれたようになまえが顔を上げる。視線が向くのは、声のした方向であり俺の背後だ。俺の耳にも酷く慣れた澄んだ声色は、普段よりずっと柔らかな気がした。
「真ちゃん…?」
「悪いな高尾、みょうじは今日俺と帰る約束をしているのだよ」
 雷に打たれたような衝撃、というのは、これだろうか。だって、想像するのは一択だけだ。2人だけで行動なんて、俺と緑間に関しては部活もあるし普通のことだけど、なまえと緑間が?この2人を点を結ぶ線は俺だった。でも、その俺が必要ないということは。
 考えられる線は、一つだけ。
 俺が茫然としている隙に緑間がもう一度なまえを呼んで、なまえは俺にごめんと言いたげな視線を向けて横を駆けて行った。緑間の隣に。俺のとは少し違う、その居場所に。
「なまえ、」
 教室を出る手前の背中に声を掛ける。緑間がさっさと出て行ってしまったけれど、なまえはちゃんと振り向いてくれた。きっと素っ気なく先に行ったようで、実はすぐそこで待っているんだろうな。なんだよ、青春かよ。ツンデレ緑間め。
 心中で相棒を思わず罵ってしまいながら、それでもあいつなら幸せにするんだろうなあ…とか。なまえが選んだんだ、まず間違いない。そんな事実に、なんでか泣きそうになる。
「なまえさ、今、幸せ?」
「…うん」
 照れて淡く色付いた頬を緩めて、花が綻ぶような笑みを浮かべる。精一杯、俺も破顔すれば、なまえは今度こそ緑間を追いかけて教室を出て行った。

 1人取り残された片隅で、取り敢えず俺は自分の机に腰を降ろす。行儀が悪いと目くじらを立てる奴も、それにくすくすと笑い声を洩らす子もいない。これから、緑間は朝練がなきゃなまえと一緒に登校すんのかな。俺の役割、隣同士だから朝に弱いなまえを起こすのも緑間がするようになって。
 小学生の時、なまえはちょっと運動苦手だから、みんなで鬼ごっこしてたらよく転んで泣いてたな。宥めながら家までおんぶして連れて帰ってたっけ。夏休みの宿題はお互いの苦手な教科教え合ったり?冬は2人して炬燵で寝ちまって両方の親に怒られたり。一緒に初詣に行って、なまえのおみくじがまさかの大凶だったから俺の大吉と足して割って、2人とも吉だなーって笑ったのは去年のことだ。一緒の高校に行くんだって、猛勉強したのもまだ記憶に新しい。これからそれは、緑間との想い出になってくのか。
 なんでだ。なんで俺、悔しいし悲しいんだよ。

 勘弁してくれよ、少女漫画じゃ、ないんだからさ。














  
   
    


蓋をするしかない、俺のこころ















滑稽だと笑っておくれよ
title by へそ様

13/04/11