※男主/リヴァ(←)ぺト、主人公←エレン要素有り
※少し下品





 死はいつだって隣り合わせに在る。意識しないだけの話であって、しかしそれを強く意識すると、性欲が増すというのはよく聞く話だ。子孫を残そうとする本能故か……原因や因果は別にして、それは紛れもない事実である。兵士や軍隊にはよく起こる現象なのだそうだ。
 問題は、二つ。まずは圧倒的に女性の数が少ない。そして運よく女性がいたとして、その性は身籠ってしまう可能性がある。戦う為に集められた兵士が身重になって戦えないのは本末転倒で、子を成す為の行為がそれをタブーにしてしまうなんて笑えない。だけどもっと笑えないのは状況を打破する為に取られた解決策の方だ。
 兵団に身を置く時間が長ければ、個人差はあれど体格はより逞しくなる。戦う体になる。だから、まだ「男」として「兵士」としての体つきになっていない者……もっと端的に言うならば、新兵が、溜まった性欲の捌け口を担うらしい。暗黙の了解。上司に逆らえる新兵なんて滅多に居ない。出来ることは上手く立ち回って自分の貞操を守ることだけ。ああ、なんて馬鹿馬鹿しい、虚しいんだ。
 人類最強と呼ばれるにはあまりに華奢で薄い掌に肩を叩かれた時、俺はどうしようもなくてそんな風に嘆くしか無かったわけだ。




 巨人化する少年の監視と護衛を名目に集められたのは良いものの、なんで俺が選ばれたのだろうと疑問は尽きなかった。討伐も討伐補佐の数も少ないのに。そう思ってるのは俺だけじゃなく、周りもなはずだ。兵士長の鶴の一声は怖いな、ざわつく正当な声さえ捻じ伏せてしまう。その本意が性欲を晴らす為であっても。
 まるで日課のように繰り返される行為は確実に体を蝕む。妊娠する心配が無いからって遠慮なく体内に出されて、そりゃあやる方は快楽と一抹の気怠さで済むだろうが、やられる身としては次の日に腹を壊すわ体を押し潰す怠さが付き纏うわで洒落にならない。生命が宿らないなら何でもありか。こんな状態で戦えるかどうかなんて火を見るより明らかなのにな。
 壁に凭れたままずるずると床に座り込む。ずきん、と鋭い痛みが腹部でのた打ち回っている。賢い対処法なんて知らない俺はただ下唇を噛み締めて波が過ぎるのを待つしかない。戦いで負傷したわけでもないのに与えられる激痛に、情けなさで涙が出そうだ。
 諦めるか、兵団を辞めるか。まったくとはいかずとも似たような環境に置かれてしまった同期は諦めきった表情でそう呟いた。俺よりも線が細い体躯と母親似の顔立ちが不幸を招くとは誰が思う?心臓を捧げると決めて入団した以上、後者はあっても無いのと変わらない。諦めて時間が過ぎるのを耐え抜くしかない。きっとあいつも、今この瞬間を、同じように生きているのだろう。あいつの行き先は駐屯兵団だった。
「あ…なまえ、さん…?」
「……エレン」
 巨人の力を持つ少年。まだ幼いこの少年の為にリヴァイ班は結成された。とはいえ監視の必要がある対象には見えないのが俺の本音ではあった。巨人に対しての並々ならぬ憎しみが転じて人類に向かうことは無いと断言できる。きっと兵士長や団長にも負けないくらいの、人類の反撃を心に誓った少年だろう。
 それでもエレンは、普段はただの少年だった。他人を慮ることのできる優しさのある、何も知らない、子どもだ。
「だ、大丈夫ですか?!どこか痛むんですか…?!」
「ちょっと腹がね、いつものことだから心配要らないよ」
「いつもって…ちゃんと医者に診てもらった方がいいですよ!頻繁に起こる腹痛なんておかしいし……」
 ああ、そういえば父親が医者だったな。そうでなくてもまだ兵団での時間が浅い者は病気と疑ってもおかしくない。けれど実情を知る者は深く触れないのが普通だ。特に俺のような兵士らしくない体格の奴に対しては。
「いいんだ、病気じゃないのは分かってるから」
「で、でも……」
 ありがとな、エレン。渋るエレンに小さく笑って見せればそれ以上は言葉が出ない様子で口を噤んでしまった。胸中では礼ではなく謝辞を述べる。いつか知ってしまった時、このことを思い出して納得するのだろう。今更そんなことが嫌に思えた。そういう意味での穢れの無いエレンには、知られたくないような、何とも形容し難い感情。
 痛みと思考から逃れるように伏せた瞼を、腹部に充てられた他人の温かさに押し上げる。エレンの手だ。声も無く、何処となく真剣な横顔を見つめる。空いたもう片方の手が壁との隙間にするりと入り込んで労るように腰を撫でる。
「温かくすると良いって聞きますから…少しでも効果あると良いんですけど…」
 じわりと、優しさが胸に広がって沁みた。睫毛がふるりと震えた感覚に自分の中で色んなものが決壊しかかっているのを悟る。流石に汚い泣き顔を見せるわけにはいかず、エレンの手を巻き込んだまま立てた膝に顔を埋めた。幼い熱は凍りついた諦観さえ溶かしてしまいそうで、怖いくらいだ。それでいて自分にも熱が戻ってくる気がした。もう少しでいいから、このまま。
「おい、何してる」
 細やかな願いさえ容易く黒に塗り潰してしまう声が頭上に落ちる。この人が希望だって?この人の手から差し出されるものは、俺にとっては絶望でしかない。
「兵長…ええと、あの…」
「……なまえ、サボりとはいい度胸だ。躾が足りてねえらしいな…」
 言うや否や、あの日俺の肩を叩いたものと同じ手が俺の腕を掴む。強い力で引き摺り上げられて不恰好に立ち上がる。エレンの手を踏んではいないだろうか、そんな感覚は無かったから大丈夫だと思うけれど、確かめる為に振り返ることも出来ない。
 折るつもりかと問い質したくなる力加減に歪む顔を見せぬように俯き、引っ張られるままに足を踏み出す。
 待ってください!エレンの声が廊下に響く。兵士長が歩みを止めてエレンを振り返るのが分かった。
「なまえさんは…体調があまり良くないみたいなんです。だから、あまり無理は…」
 少年の必死の言葉を、兵士長は鼻で嗤う。
「一人前に守ってるつもりか?何も知らない口から出たんじゃあただの戯言だな」
 なあ、なまえよ。兵士長が唇を耳元に寄せて問い掛ける。違う、戯言なもんか。それはエレンの柔らかな熱なのに。
 全てを知っても彼はそう言ってくれるだろうか。知った上で俺を守ろうとしてくれるだろうか。それとも黙って送り出すのだろうか。ぐるぐる巡る疑問に費やした沈黙を肯定としたのか、兵士長は再び俺を連れて歩き出す。ごめん、ごめんな、エレン。音にならない空気が唇から零れていった。

「…放、してください」
「あ?」
「っ――、放せ!」
 兵士長の部屋の手前で、初めて彼の手を振り払った。赤というよりは青みがかった紫に変色した手首は己の行動にさえ耐えられずに痛みを孕んだ。
「……なんだ、15歳のガキに絆されたか?」
「ガキでも…貴方よりはマシです」
 不機嫌に彩られた鋭い眼光が貫く。大丈夫、怖くない。エレンの熱がまだ体に宿っているような感覚が俺を支える。
 たとえ幼くても、何も知らない子どもでも、だからこそ出来たことでも。俺は単純に嬉しかったんだ。何の飾り気も余計な添加もない愛情が俺を揺り動かす。そんな風に愛されることは、あってもいいんだ。俺は誰かの代わりで無くてもいいんだ。
「……それで?お前は俺の相手を辞めたいってことか?」
「…俺じゃなくても、良いでしょう。兵士長になら相手はたくさんいる」
 ペトラ、とか。口から零れ落ちた名前に言い様のない震えが走った。誰が見ても明らかな好意に聡い兵士長が気付かぬはずがない。
「あいつは女だろうが」
「もしもペトラが兵士として戦えなくなるならば、その分を俺が補えば済むでしょう」
 合理的で最良に思える。ペトラはもうずっと兵士長に想いを寄せていて、それが報われることになる。壁外へ行かなくても良い……兵士長の子どもを内地で育てていけば良い。人類最強の血を引くんだ、それくらいの待遇はあってもおかしくない。
「ほう……てめえはペトラの兵士としての誇りを、女であることを理由に汚すわけか」
「ーーじゃあ、アンタが俺にすることは何なんだ」
 滅多に崩れることのない兵士長の相貌が虚を衝かれたように歪んだ。その面持ちが何よりの証拠になる。この人は、俺を兵士として見ていないのだと。
「心臓を捧げる覚悟はあります……でもそれはこんなことの為にじゃない」
 踵を返す。エレンに何と言って謝ろう。時間はあまり残されていない。兵団からの除名は無くても、リヴァイ班からなら有り得る。兵士長が俺を傍に置く理由は、もう存在しないのだから。
 なまえ。兵士長の声が俺の名前を紡ぐ。柔らかで、睦言のような声色は勘違いしてしまいそうになるから、嫌いなんだ。振り返らずに、ただ立ち止まる。
「お前が必要だと言っても、伝わらねえか」
「……何のことか、分かりません」
 こんな形で必要とされたかったわけじゃない。
 ああ、そうですよ、貴方が好きでした。尊敬し思慕していた。だから痛みに耐えかねてもまだ立っていられた。必要とされているんだと酔いしれていられた。けれど現実は苦い。誰かの代用品で居るのは、苦しい。
 ひやりと冷たい壁に手をついて、膝から崩れ落ちる。脈を打つ腹部と手首の痛みに朦朧としながら、途切れる寸前の意識に焼き付いたのは、焦燥に駆られたエレンの姿だった。







実はそれが愛じゃないってことをわたしは知っていたりする










愛されたかった、なんて
title & color by へそ様
20140108