あの女たらしと名高い及川さんに彼女が出来たらしい。
「へーえそうなんですかーわあおめでとうございますー」 「どれだけ心込めてくれないの?!」 煩いな、おめでとう言ってるんだからそこはありがとうじゃないのか。面倒くさい男だなフラれろ。そんな感情を隠すことなく睨め付ければ、相変わらず酷いね?!と再び非難の声。幼馴染として十数年の付き合いなだけはある。 「もーなまえちゃんってば昔は可愛かったのにぃ」 「親戚のおっさんみたいですね。及川さん一つしか変わらないのにそんな老けたんですか?」 「なんでそこまで俺にだけ冷たいの?!」 拗ねちゃうんだからね!と子どもにように地団駄を踏む及川さんをシカトしてボール磨きに専念する。休憩中とはいえ岩泉さんを始めとして殆どの部員は自主練してるというのに。あんたエースなのにマネージャーと話してていいのか。シカトしてるから言わないけど。その代わりに私の口から零れたのは「彼女ねえ…」という独り言だった。 「そう!写真見る?」 「なに独り言に食い付いてるんですか怖い」 「もう俺のライフそろそろ0になるよ?いいの?」 知ったことか。舌打ちを物ともせず及川さんは尚のこと彼女さんの写真を見せようと携帯の画面をチラつかせてくる。全然ライフ0じゃないんだけど。むしろラスボス級に余ってるんだけど。この様子なら岩泉さんにもこのテンションで向かって行ったに違いない。あっ岩ちゃんモテないのに自慢しちゃってごめんね〜?とか言って叩かれただろうな。私も容赦なく手が出るってことを忘れていないか。学習能力が0か。 「なまえちゃんと言ってたデショ?どっちが先に恋人できるか勝負しようって」 「及川さんが勝手に言い出しただけじゃないですか」 「パフェ奢るってことで了承したじゃん!」 ああ、そんなこともあったかな。近くの喫茶店の名物、1000円のパフェを賭けて、と言われて乗ったような。 「取り敢えず俺の勝ちで間違いないよね!」 「女に奢らせますかそうですか」 「その言い方狡いね?!」 だって勝つなんて思ってなかったんだもん。だもんってお前。呆れ顔で見遣ると、なまえちゃん好きな人居るって言ってたし、と訳の解らないことを続けられる。 「俺の幼馴染なだけあって可愛いし?なまえちゃんが告白して振るような男いないだろうって思ってたから」 「褒められてるんだか貶されてるんだか…」 「貶してる要素無いよね!えっまさか俺の幼馴染ってとこ?!」 「自覚あったんですね」 頭を抱えて言葉にならない唸り声を上げ始めた及川さんを尻目に、二ヶ月程前だろうか、記憶が蘇ってくる。確かに勝負を持ち掛けられて、パフェを餌にされて了承し、好意を寄せる人の有無を訊かれた。そして私はいますと答えた。いるからと言って告白すると思ったのだろうか。安直。 「及川さんは勝つ為に付き合うことにしたんですか?」 「そんなわけないじゃん、違うよ」 「私もそうしたくないだけです。まあこれから先も告白する気なんてないですけど。負けは負けですから奢りますよ、ただ2人で行くのは良くないでしょう?1000円あげるから一人でどうぞ」 男が一人でパフェなんてある意味で罰ゲームかもしれない。是非そうしろ、と思って提案したが案の定嫌だ!と叫ばれて却下。それなら彼女とでも行ってくれ。後で1000円押し付けよう。あれ、財布にお金入ってたかな。 遠い目でぼんやりと思考する私の袖を引かれる。何ですか、と向けた視線が不満そうに頬を膨らませる及川さんの横顔を捉える。うわ似合うと思ってるのか。似合ってるけど。張り倒したい。 「なんで一緒に行ってくれないの」 「彼女さんが嫌がるでしょう。幼馴染とはいえ一応は女ですから、2人で出掛けられるのは」 「じゃあなまえちゃんも早く彼氏作ってよ、4人でなら問題ないデショ?」 こいつ、私の話まったく聴いてないんじゃないか?押し殺そうとして失敗した溜め息に及川さんの肩がぴくりと揺れた。 告白する気、ないんです。バレーボールの跳ねる音と部員たちの声に掻き消されてしまいそうな声量ではあったけれど、はっきりと紡いだ言葉は確かに及川さんの耳朶を打ったようだ。なんで、どうして。拙く投げ付けられた疑問に自嘲の笑みが落ちた。振られることを理解していながら想いを伝えられる程、大人じゃない。 「その人とは一生結ばれないからですよ」
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「あ、」 「あ?ああ…影山くん、久し振りだね」 部活が珍しく休みだったので宛もなく歩いていたら懐かしい後輩に出くわした。制服姿でバレーボールを抱えている。 「先輩、あ?って…相変わらずッスね」 「相変わらずなんだ、口が悪いって言いたいの?ん?」 いや別に…と言葉を濁す後輩を虐めるのも可哀想だ。こんな所で何をしているんだと問えば、テスト期間で部活が休みな上に体育館が使えないから市民体育館を借りていたというバレー馬鹿らしい返答。勉強しろよ、だから志望校落ちたんじゃないのか。 「帰って勉強するわけでもないんでしょ?」 「え、まあそうですけど…」 「ちょっと付き合いなよ」 手を取って自分より二桁は背の高い彼を引っ張って歩く。行き先はただの公園だ。行きたい場所があったわけではなく、少し話したいと思っただけ。私の我が儘に付き合わせるので行きしなのコンビニで肉まんを買ってあげたら素直に喜んでくれた。及川さんや色んなことで初めて会った時よりはひねくれた印象もあるけど、基本は根の優しい子である。変わらないなあ、と腕を伸ばして頭を撫でると「止めてください」と拗ねられた。いや、そういうとこも可愛いなって思っちゃうけどね。 「そういえば、」 凄い勢いで肉まんを頬張る姿はリスのようで思わず吹き出してしまいそうだった。背が高いのに併せて筋肉つけて図体でかくなったのにやることはまるで子どもだ。中1の時と遜色ない。 ごくりと飲み込んだ影山くんが、及川さんに彼女ができたって本当ですか、と問う。青城の女子の間で持ち切りになっている噂が烏野にまで広まっているとは。根も葉もある噂に私はこっくりと一つ頷く。 「……どんな人か知ってますか」 「しつこく写真を見せられたからね。綺麗って言うよりも可愛い系の先輩だったよ、及川さんと同じクラスみたい」 はにかんだ笑顔はお世辞抜きで可愛らしかった。ああ、及川さんが好きそうだ。純粋で優しくて、所謂守ってあげたくなるような。私がそう思うくらいなのだから男子からすれば一入だろう。 へえ、と訊いた割には興味の無さそうな返事。かさかさと音を立ててゴミを纏め、影山くんがぽつりと零した。悲しくないんですか。及川さんのこと、好きなくせに。 「なーんで知ってるのかな影山くん」 「見てればわかりますけど」 「え、まじか」 まじです、と真剣なトーンに笑いが突いて出た。別に徹底して隠してきたわけでもないけど指摘されたのは初めてだった。声は少しずつ小さくなりやがて深い吐息に変わる。不思議と悲しくなかったのだ。強がりでも何でもないただの事実だから私は自然と頷くことが出来た。 本当ですか、と食い下がる影山くんに私はもう一度、肯定を見せる。悲しいどころか私はホッとしたのだ。もう、あの人のことを望まなくて良い。諦める理由が呆気無く掌に与えられた。もう泣かなくて良い、変な嫉妬心も抱かなくて良い、あの人の言動に一喜一憂する必要も無い。ああ、なんて、平和な時間が訪れるんだろう。 「彼女さんはこれから大変だろうね、心労絶え無さそう」 「……みょうじ先輩」 「なにその顔、私が無理してるとでも思ってる?本心だよ、すっごい穏やかに生きてるからね」 ほら、それよりバレーの話をしようよ。無理やりに話を転換させる。 影山くんは、私が及川さんを好きだったことを見てればわかると言ったけど、私なんかより影山くんの方がずっとわかり易いと思う。でもね、悲しくなくてもそんなにすぐ切り替えられるわけじゃないんだよ。だから君の想いはまだ聴いてあげられない。 次に会う時にはしっかり受け止めるから。音にならない言葉は私の胸の内で泡となって溶けていった。
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1000円札を握った及川さんに捕まった。え、なにこの人。怪訝な表情を隠すことなく見遣ると何時ぞやの不満気な視線とかち合う。 「ねえ、やっぱりパフェ一緒に行こうよ、なまえちゃんの分は俺が出すから」 「まだ言ってるんですかアンタ。行きませんってば」 腕を掴む手を振り払ってさっさと体育館に向かう。ひどーい!なまえちゃんの馬鹿!寂しい!なんて、渡り廊下だと言うのに大音量で叫ぶ及川さんを振り返り、ぎろりと睨む。 「彼女いるのに寂しいなんて言うもんじゃないですよ」 言い捨てて止めた歩みを進める。未だに背後では駄々をこねる子どものような声が上がっていたけれど、二度と振り返らなかった。
「……本当に、寂しいのに」伝える術も無かったのだから 14/03/26
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