※男主
※翔→那月要素有り



 那月、と呼ぶ声に肩が跳ねた。男にしては高い特徴的な声。四ノ宮を呼ぶ、慣れたその声。
 呼ばれた当の本人、四ノ宮は翔ちゃん!と整った顔を喜びに緩ませる。大きな体躯を揺らして体でも歓喜を露にする様はさながら大型犬のようで、周りから見れば微笑ましいのだろう。目の前で見ている俺の心境は、それとは程遠いのだが。
 昼休みで生徒も少なくなったAクラスの教室に、来栖は迷うことなく入り込む。真っ直ぐに四ノ宮を目指して。机を挟んで四ノ宮と向かい合っている俺のことなど視界にも入っていないんだろう。
「何してんだよ、七海たちも一緒に飯食う約束だったろ?」
「あっ、そうだった!でも僕、次の楽曲の打ち合わせがあって…」
 そこで来栖の視線が机に置かれた楽譜、それから俺の顔を辿った。ああ、なるほどな、でもそれって放課後も時間取れるだろ?と続いた言葉に、顔を顰めてしまったのがわかった。お前には関係ないだろう、という攻撃を飲み込む。そんなことをすれば悲しむのは四ノ宮なんだから。
 気付かれないようにそっと息を深く吸い込んで、行ってこいよ、と紡いだ。違和感は無かったはずだ。
「四ノ宮が平気なら、俺は放課後でもいいし」
「でも…みょうじくん、ご飯一緒に食べようって話してたじゃないですか」
「先に約束してたのはそっちなんだろ?俺は大丈夫だから、気にすんなよ」
 眉根を寄せて渋る様子の四ノ宮に、来栖がお前も来るか?と言ってきたが首を振った。向こうとしてもそれほど知らない相手が来るのは本意ではないだろうし、それは俺も同じだ。一十木たちはまだ良いが、来栖を含めSクラスのメンバーとは面識がない。四ノ宮から話を聞くことは多いけど。
「じゃあ行くぞ、那月」
「……うん。放課後、絶対に時間空けときますね、みょうじくん」
 来栖の背を追いながら気遣ってそんなことを言い残す四ノ宮に軽く手を振る。二人の声が喧騒の中に紛れて消えてしまったのを確認して、深い溜め息を吐いた。
 ……来栖の、俺に対する敵意というのは、あいつは自覚があってやっているのだろうか。来栖と対峙する度に思う。自覚があるとするならば、お互いに四ノ宮へのただならぬ感情は露見しているというわけだ。
 それは多分、避けられない現実なのだと思う。所謂ライバル関係だからこそ見えてしまうもの、抱いてしまう嫉妬心と不満。お互い苦労するよな、でも好敵手にはなれない。
 俺が四ノ宮と友人になったその時点で、既に四ノ宮と来栖は気心知れた仲だったわけで。どう足掻いても埋めようのない時間という距離は残酷に俺を置いていく。必死に手を伸ばしても届くはずもなく……ただ、優しい四ノ宮は振り返ってくれる。待ってる、と言ってくれるだろう。けれど、それは四ノ宮にとって良いことではない。好きな奴を心底困らせたいなんて、思えるわけがないだろう?
 潮時かもな。自分の囁きが現実味を帯びて響いた。想いも告げず、しかし何も望まずに居られるほど、俺は大人じゃない。誰彼構わず求められるほど、子どもにも戻れない。宙ぶらりんな俺は、落ちる他ない。
 取り敢えず、パートナーはこれで終わりにしよう。一緒にいる時間が長いとずるずる好きで居続けてしまう。それがなくなれば四ノ宮としても俺に関わる理由もない。ああ、自分で考えて悲しくなるなんて、笑える。
 俺の自嘲を掻き消すように、これが幕引きなのだと告げる鐘の音が遠くに聞こえた。









ロマリア:愛らしさ 誠実 魅惑
14/07/18