※生存院





 私が見てきた空条承太郎という人物は、不良と言うにはあまりにも真っ直ぐな人間だったと思う。喧嘩や煙草は確かに褒められることではないけれど、だからと言って彼が悪かと訊かれれば私は首を振る。ルールに縛られないのだろう。彼と出会ってから半年も経っていない。それでも彼が好印象を持てる相手であることは明白だった。
 承太郎のお母さんが……ホリィさんがDIOのせいで倒れ、命の危険に曝された時。承太郎も花京院も、ジョセフさんやアブドゥルさん、全員が迷うことなくDIOを倒す旅に出ることを決めた。花京院が思ったことは私と同じだったのだろうか。DIOへの恐怖と畏怖の念によってその配下となり、ジョースター一族の抹殺の命を受けて来た私たちを彼は助けた。それが私と花京院にとってどれ程に心を揺り動かすものであるか、承太郎は解っていたのだろうか。
 旅の最中で共に過ごしてきた時間はあまりに幸せで、それでいながら言い様の無い不安がいつもあった。この旅は無事に終わるのか、DIOを倒すという目的を達成すれば私たちの関係は無に還ってしまうのか、それならば。
 ホリィさんの、一人の人間の命が掛かってると言うのに、私はこの時間が永遠に続けば良いとさえ思っていたのだ。

「テメェはいつも勝手な奴だな」
 そうぼやいた承太郎が深々と息を吐いた。だらりと降ろした右手に握られた煙草からゆらゆらと紫煙がくゆる。
 承太郎の視線は私には向いていなかったしその言葉に私の名前があるわけでもない。それでも私に対しての言葉だと理解できた。この場には私と彼しか居ない。
「花京院といいお前といい……」
 花京院はDIOの攻撃を受けて瀕死の状態にまで陥った。SPW財団がすぐに治療に取り掛かって何とか一命は取り留めたものの、今もまだベッドから起き上がれないようだ。私はもう動けるようになったのだけれど。まあ、花京院はゆっくり治療に専念した方が良い。その方が、ずっと良い。
「なんで俺を庇ったんだ?」
 責めたてる口振りに思わず肩を竦める。そんなことを問い質されても、答えようがない。体が勝手に動いてしまっただけの話だ。
「それでテメェが死んじまったら、何の意味もねえだろうが」
 共に過ごした中で見慣れたその背中が、今だけは不思議なまでに小さく見えた。泣いてはいない、落胆もしていない。静かに佇んでいるだけなのに、頼もしく映っていたはずの彼が年相応に見える。
 そういえば生前の最後の記憶も承太郎の背中だった。DIOに向かって行くその後ろ姿を、重たくなる瞼を必死に開いてこの目に焼き付けた。手放した意識が戻った時、既に承太郎はこの場に居た。伸ばした手が承太郎に触れられなくて、私は自分の死を悟ったのだ。動揺して泣き喚くようなことも無く意外にもあっさりと事実を受け入れることが出来た。死ぬのは怖くなかった。DIOに立ち向かうと決めた時、あらゆる恐怖に屈しないと決めていたから。
「花京院は流石に半年は入院してなきゃいけねえらしい。ポルナレフは自分の国に帰ったし、じじいもそろそろ帰るみてえだ。イギーとアブドゥルの遺体は結局見つからなかったが……SPW財団の手伝いもあってちゃんと墓も建てられた」
 承太郎が言葉を切る。残るは私。言わないなら、それでも良い。風に揺られて空気に溶ける紫煙が、火葬の煙に見える……私は、それだけで充分だ。
「……馬鹿野郎」
 ねえ、承太郎、本音を言えば私はもっと生きたかった。もっと皆と一緒に居たかった。花京院とお互いにただの高校生として自己紹介をして、3人で通学路を歩いてみたかった。桜が咲き誇る季節に一緒に卒業して……それから先だって、もっともっとたくさんの時間を共有したかった。
 それでも私は、この結果に後悔は無い。いつか貴方は誰かと恋に落ちて、その身に流れる正義の血筋を継ぐ子どもに恵まれる。貴方と同じ、強い意志を秘めた瞳をしたその子は、また誰かを救うに違いない。私や花京院を救った貴方のように。
 その隣に立つのが私じゃないのは少し寂しいけれど。
「……ありがとう、なまえ」
 ほら、私は幸せだった。










再び青い海に戻る私を、どうかいつまでも覚えていて
















そして次の世界でまた逢いましょう
13/08/02