※原作から数年後





 花びらを舞い上げる風、柔らかな陽光、祝杯を上げる声。誰もが零れんばかりの笑みを浮かべて今日という日を迎えた喜びを称える。
 きらきら、輝く世界の中心で笑うのは私の幼馴染。飾り気が少なく煌びやかとは言い難いけれど柔和な白が目を引くドレスを身にまとったウィンリィ、の隣で仄かに顔を赤らめたエドが、少々酔っ払った数人に絡まれて怒鳴っている。彼が着ているのはタキシード。ウィンリィと同様に汚れの無い白。一緒に旅をしている最中でもよく着用していたのは赤いコートと上下共に黒だったから、見慣れなくて別人のように感じた。それでなくても、彼は既に遠い。

 エドとウィンリィが結婚するというのを聴いたのは、シンから帰国した日。アルと一緒にリゼンブールを旅立った私がシンでエドと落ち合った時にはもう心に決めていたのかもしれない。いや、プロポーズは出発するその日にしていたというから、その時なのかな。
 どちらにしても、私にとっては言葉にならない現実であることに違いはなかった。どんなにお互いが否定しても惹かれあっているのは目に見えて明らかではあったし、両想いなことに気付いていないのは、滑稽なまでにお互いだけだったのだと思う。解ってしまったということは、私も第三者だと暗に突き付けられているのだけれど。
 エドが好きだった。それは幼馴染を越えた、ウィンリィが抱くものと何も変わらない感情。自覚はきっと私の方が先で、でもだからこそ見えてしまったものがある。
 エドはウィンリィが好きだということ。
 羨望と一抹の愛憎。ウィンリィに対して渦巻くのはそんなところだ。彼女はこれからの未来を、決して私には踏み込めない居場所で過ごしていく。きっと、死ぬまで。どうして私じゃ駄目なのだろう。私だって同じように育ってきた、私だって同じように一緒に居た。共有した時間の単純な長さなら私の方が多いかもしれない。それでも彼は他の誰でもない彼女を選んだ。どうして、どうして。

「なまえ、大丈夫?」
 細やかな結婚式は最初だけで、後は酔っ払って大騒ぎの宴会と同じだ。飲めや歌えやの集団を遠目に、離れた木陰に腰を降ろした私の隣にやってきたアルが声を掛けてきた。返答もなく彼を見遣れば、その手に持ったグラスをこちらに差し出してきた。果実酒の甘い匂いがする。酔いたい気分じゃないのに。
「正直ね、来ないんじゃないかって思ってたんだ」
「そういうわけにもいかないでしょ、大事な幼馴染の結婚式なのに」
 来ないという選択肢を選べばその後が容易に想像できる。エドはともかく、ウィンリィはそういう面に関しては聡い。僅かながら感付いていたのか、それとも懸念していたのか……私の姿を見た瞬間、ほっと頬を緩めたのが分かった。ああ、大丈夫、あの子はエドが好きなわけじゃないんだ……と。
「そうだね、なまえはなんだかんだで優しいし」
「……やめてよ」
 そんなことないって、解ってるくせに。
「来るべきじゃなかった」
 マスタングさんに呼ばれたとか、どうしても国家錬金術師として召集が掛かったとか、いくらでも理由は付けられる。協力を仰げば嘘を貫き通すことさえ出来る。脳裏を過った可能性を、私は自分で捨て置いた。
 どろどろに汚れた感情に苛まれることは目に見えていた。それでもこの場に来たのは、私の想いが露呈することへの恐怖と、この期に及んでまで「エドに嫌われたくない」という想いがあったから。心から祝福も出来ないくせに、まだ縋り付いてずるずるとやってきた。「おめでとう」なんて言葉を吐いた。何処までも身勝手で、自分のことばかり。
「そんなネガティブに考えないでよ」
 アルの手が背中を撫でる。込み上げてきたものが零れ落ちそうで、私が自分の膝を抱えたまま顔を上げることが出来ない。泣くな、泣いたら全てを台無しにしてしまう。
「なまえはさ、辛いって解ってても此処に来たでしょ。逃げなかった。自分の為だなんて言うけど、それ以前に兄さんとウィンリィのことを考えてそうしたんだと思うよ」
「そんなこと、ない」
「自分のことをそこまで酷い奴だって思う必要ないじゃない。なまえは頑張ったよ」
 お疲れ様、と耳元で告げられたアルの声が脳内で弾ける。撫でる手の温かさに、涙の薄い膜は脆くも決壊した。一滴落ちれば、次々と零れていく。
 好きだった。自分でも把握しきれない程の想いを表す言葉はあまりにも稚拙だけど、私にはこれしか見つからない。でも、今日で、終わりなんだ。その為に私は此処に来た。何かの犠牲無しには何も得られない。この世の原則。等価交換。これからの未来の為なら、この想いを差し出すことなんて安い代償だ。
「なまえ?おい、どうかしたのか?」
「大丈夫?具合悪い?」
 愛しい声がする。離れていたのに、見つけて来てくれた。優しい人。私は欲張りだからどっちも失いたくない。
 顔を上げて、2人を見つめる。大丈夫、今度はちゃんと言える。
「おめでとう、幸せになってね」

 緩やかに死んでいく恋の音が、聴こえた。


















そうして私はいきていける
13/10/27