部活が始まる前、まだ部員が集まる前の体育館。万緑を揺らした風が開け放した窓から中を通り抜けて行って残る清涼感と、やがて響くボールの音を待ちわびた静けさ。みょうじはその中を小走りで駆け回る。もう三年目に入る、見続けてきた姿が俺は好きで仕方なかった。同じマネージャーを務める清水よりも小柄な彼女は、その身では支えきれない程のドリンクボトルを持とうとするから、小さく苦笑いを浮かべて手伝いに入るのが俺の(勝手に自分で思ってただけなんだけど)役目だ。
 授業が終わればすぐに体育館に来て、その日の準備をする。最初は心がけていたことがいつの間にか習慣になっていたんだろうと思う。病気や体調不良を抜きにして考えれば、殆ど毎日、誰よりも先に体育館に来ていた。ましてや無断で部活を休むなんてことは無かった。
 そんな彼女が、休むのではなく遅れて部活に来た日のことを、よく覚えている。心配する武田先生に何度も頭を下げて、俯き加減のまま足早に部室へ消えていくのを見れば、誰だって何かあったのだと気付く。ただ、気になるのはそれだけじゃなかった。田中と西谷が不思議そうに顔を見合わせ、東峰が心配げな表情を浮かべ、清水が慌ててみょうじを追っていく、その中で。何故か大地だけが堅い表情を崩さなかったことだ。
 ぐっと唇を引き結び、感情を抑え込んだ目でボールを見つめ続ける大地を、あの日あの時、俺以外に目にした奴は居たんだろうか。きっと俺だけなんだと思う。だから俺だけが、みょうじと大地の間で起こったことに気付いたんだろう。
 別に問い詰めたわけでもなく、俺の口にした予想にみょうじは涙を零しながら僅かに頷いた。たったそれだけのことだった。俺がみょうじをずっと見てきたから……みょうじが大地を想ってきたのと同じように、俺もみょうじを想ってきたから。だからこそ気付いてしまった。気付かなければ、良かったのに。

 裏の水道はより校舎からも離れて葉の擦れ合う音が木霊する。ふと瞼を伏せて耳を澄ましていたら、蛇口を捻る小さく甲高い金属音が耳朶を打った。みょうじがドリンクを作る為に水を流しているところだ。今、この場には俺とみょうじしか居ない。
「それでも好きなんだよな、みょうじは」
 ぽつりと出た一言に、みょうじは目を丸めて俺を振り返った。たっぷり3秒の間じっと見つめて、それから淡い笑みを浮かべた。眉尻を下げて、今にも泣き出しそうに口許を歪めて。たったそれだけのことで胸が締め付けられる。
 これから先もずっと、みょうじは大地への感情を捨てることは出来ない。同様に、俺も。なんて虚しいイタチごっこなんだろう。
 彼を忘れて、俺を見て。そんな短い言葉を口に出来るはずもなく、俺にはただ声もなく涙を流すみょうじを抱きしめて宥めることしか許されない。震える背中をゆっくりと撫で下ろしながら、俺は再び目を伏せた。








それでもきみをしあわせにしたいのだ











親愛なる友人に捧ぐ
title by へそ様

13/07/06