※とても意味不明






 なまえは、親がいないことを除けば恐らく普通の少女だ。記憶の始まりはスズねの小道で、既に一人だったと言うから…考えたくはない話だが、彼女は親に捨てられたのではないかと思う。なまえ自身にも出会った時にはその考えが浮かんでおり、それでもなまえの口から顔も知らぬ親に対しての泣き言を聞いたことは無い。
 修行中だというのに突然駆け出したゲンガーについていき、僕はなまえを見つけた。まだジムリーダーになりたてで、なまえは、はっきりとは解らないがやっと10を超えた頃だったと思う。子どもの大半は怖がるゴースやゴースト、他にもヨルノズクやキリンリキに囲まれていたなまえは、僕を見ても驚くことは無かった。エンジュの街はすぐそこ、スズの塔に向かおうとする人もよく通る。自分と同じ生き物を見慣れているのはすぐ納得がいくことだった。それよりも不思議なのは彼女が街に出てくること無く、森の中にポケモン達と一緒にいたこと。
 僕は彼女を怖がらせないようにと努めながら声を掛けた。怯えた様子は無いけど、その暗い眼には希望や喜びも宿ることは無かった。そしてなまえは小さく答えた。「私は歓迎されないから」と。
 なまえは普通の少女のはずだ。しかし、親がいないという事実は悲しいかな同年代の子どもにも、それ以上の大人にも好印象を与えてはくれない。修行僧でさえあまり良い顔はしなかった。つまり、なまえが口にしたことは人が作り上げてしまった真実に違いなかった。それを理解した瞬間、これまでの人生を少なからず交わってきた人たちの汚い面を見て、せり上がってくる酷い吐き気に眩暈がした。僕を取り巻き形作る世界は、こんなに冷たいものだったのか。
 小さく帰ります、と一言告げたなまえに問う僕の声は、今思い出しても情けない程に震えていた。まだまだ未熟だった僕は、揺らぐこと無く同じ言葉を返す姿に泣いてしまいそうだった。それは意志ではなく、帰らざるを得ないと理解して出た言葉だ。自分を否定せず、排除しようとしない場所はそこにしかない。それを居場所だと考えているなら、それはなんて、寂しいのだろう。

 そして僕はなまえの手を取った。初めて感情を映して僅かながら見開かれる目に笑みを向ける。
「僕が今日から君の家族になるよ、此処が君の居場所だ」





*





 僕がなまえを引き取ってから、早くも数年の月日が流れた。一日の大半を、僕か一緒に生活をしてきたポケモン達と過ごすなまえは、それでも少しずつながら街の人とも交流を持っている。特に何時の間に知り合ったのか舞妓さん達とは僕を置いて出掛ける程の仲になっていた。それでも僕が家に帰る時には迎えてくれる。感情を口にするようになったし、表情も豊かになった。
 確実に、良い方向に向かっていると信じている。ただ、時々胸を掠めるように過る不安から目を逸らすことが出来ない。僕はあの日に言った通り、なまえの居場所になれているのだろうか。なまえは此処を居場所だと思ってくれているだろうか。ふと、そんなことを考えてしまうんだ。

「ばかだなあ、マツバさんは」
「…はは、手厳しいな。真面目に悩んでるんだよ?これでも」
 ゴースがふわふわと周りを浮遊する中、キリンリキの頭を撫でながらなまえは僕の問いを一蹴した。冗談交じりに笑いを含ませて返すけれど、胸の内は穏やかじゃない。ざわざわと細波が立つ。
 なまえは、それが元々の性格なのか、それともこれまでの人生がそうさせたのか…何かに対しての頓着というものが無い。大事にしないわけではないけれど、何が何でも失わないという気概は見られない。なまえは悪くない、それは僕が諦めるしかないことなのかもしれない、でも。
 なまえの居場所になりたいと思った。今でもそれは変わらない。なまえが此処に戻ってくることが、彼女の意志に寄るものであるように。だけどそれはいつの間にかすり替わって。なまえの為に、と抱いていた交じり気の無い感情は、気付けば“僕の為”になっていた。僕が、なまえに望まれたい。執着が無いからこそなまえは親を、街の人を詰ろうという気にすらならないんだろう。そんなこの子に、僕は、自分という存在を諦めないでいて欲しい…それがどんなに酷な事か解っていながら。
「……あのね、マツバさん」
 名前を呼ぶ声に俯き加減だった顔を上げると、なまえはあと一歩で抱き締めてしまえそうな距離まで間を詰めて、僕を見上げていた。紅葉の擦れ合う音が、小さくなってやがて止む。
「私ね、この森で過ごしてる時は生きている実感なんて無くて、ポケモン達は一緒にいてくれたけど、死んでも構わないなって思ってたの」
「…うん」
「でも今は、そうは思わないよ」
 その言葉は予想外で、間抜けな声が出た。暗い闇の面影を差しながらも光の宿った眼差しを僕に向け、あんまりにも鮮やかに微笑むから、胸を突かれたようにぐっと息が詰まる。
「だって、マツバさんがいてくれるもの」
「…僕、が…?」
「マツバさんがいてくれるから、今を生きてる。生きていて良かったって思える。マツバさんに出会う為の過去なら、辛いなんて思わないんだよ」

 それはこれからも、変わらないの。

 僕の手を握り締めて紡がれた言葉に、目頭が熱くなって鼻の奥がツンと痛んだ。込み上げて零れそうになる雫を押し込んで、僕も柔らかく笑んだ。
「ずっと一緒だよ、なまえ」




















貴方が私の世界だから
title by へそ様

13/03/29