「あ、」
「あ!先輩いいなぁ…来週休みじゃないですか!」
「うん久々の休みだ…」
丁度お昼休みに入った時間、机の上には来月の勤務表が置かれていた。今月も今週で終わり。来週からは新しい月なのだ。
期待なんかはしていないけどもしかしたらなぁ…と思い勤務表を見ると久しぶりに見る"休"の文字。
自分の名前の所に一つだけ稀にみるその文字が描かれていた。
「いいなぁ先輩!俺も休み欲しいですよ〜」
「………うーん」
「あれ、嬉しくないんですか?」
「いや、なんか久しぶりの休みで実感わかないっていうか…何しようかな…」
「ずるいですよぉ」
「カズマサは今月一回だけ休みもらったでしょ」
「ちぇーっ」
隣にいるカズマサが私の勤務表を盗み見て来たので仕返しにカズマサの勤務表を見るが、うん…案の定休みはない。
元々ギアステ自体が人数が多いとも言えない状況である。そのうえバトルサブウェイを任されているここの駅員達はさらに忙しく休みなんてものは滅多に存在しないのだ。
私も休みを貰うのは半年ぶり位だろうか…。なんか普段1日の休みってなかったから実感わかないなぁ…
「うーん、何しようかなぁ…」
「買い物とかすれば良いじゃないですか」
「えーどうしようかなぁ…カズマサは休みだった日何してたの?」
「午前中はお昼頃まで寝てそれから街にお昼食べに行ったり買い物したりですかねぇ…あっ!そういえばライモンシティにパスタが超美味いお店があるんですよ!」
「…女子かお前は」
「本当にオススメなんですって!あ、僕もう休憩終わりなんで先に行きますね」
「はーい」
(…休みか、何しよう)
勤務表と睨めっこしてみたけど一考に良い考えは浮かばない。でも来週とはいえ予定立ててた方が無駄なく過ごせるだろうしなぁ…
ふいに机に目をやるとライブキャスターがチカチカと光って通話表示が出た
"カミツレちゃん"
「うぉ!カ、カミツレちゃんだ……もしもし?」
「名前久しぶり」
「カミツレちゃん久しぶりだね〜元気してた?」
「ええ。貴方も元気そうね…ところで名前、唐突で悪いんだけれど来週私に付き合ってくれないかしら?」
「え?良いけどどうしたの?」
「ノボリとクダリから聞いたわ。貴方久しぶりにお休み貰ったんでしょう?」
「うんうん!」
「だから久しぶりに貴方と食事や買い物にでも行きたいなって思って…予定とか入ってたかしら?」
「全然大丈夫!本当に嬉しいよ!予定埋まんなくて焦ってたところだったの」
「そう…良かったわ」
「カミツレちゃんと遊ぶの久しぶりだから凄く楽しみだよ」
「ありがとう名前、また詳しい事はメールで送るわ。仕事、頑張ってね」
「うん、ありがとうね!」
通話を切って一息。
私、今完全に気持ち悪い顔してると思う。頬が緩みきってへらへらしてる。だって予定で悩んでる時にまさかのカミツレちゃんから神の救いが!
あぁ、来週の休みが待ち遠しい!久しぶりのカミツレちゃんとのお出掛け。何着ていこうかなぁ
**
「おや、久しぶりに小さいのを見ましたね」
「…………インゴさん」
「ハッ、その様子だとやはり首輪は取れませんでしたか……まぁ当たり前ですがね」
「…ぐぬぬ」
嬉しい事は続かぬようで休憩室で未だにだらだらと休憩していた私の元にインゴさんがやってきた。しかも今、休憩室は私とインゴさん2人だけである。さ、最悪だ
なんだか顔見るの久しぶりだなって思ったけど昨日が非番だったからか…。そして今日は午後出勤ですか、なんて良い御身分なんですか…くそう
「首輪」
「………はい?」
「もう皆様にバレたのですか?」
「う……はい」
「フ、相変わらずマヌケで馬鹿ですね」
「……わ、分かってますよ!自覚済みです」
「ではマヌケ名前、コーヒーを」
「…え?」
「ブラックですよ。……早くしなさい」
「あ、は…はぁ」
ホイホイとインゴさんに言われた通りにコーヒーを作りにいく。私ってば本当にインゴさんに忠実な犬みたい。
インスタントコーヒーを手早く作り終え自分用に作ったココアを持ってインゴさんへの元へと戻った。するとインゴさんは一枚の紙を真剣に見つめていて、コーヒーの香りに気づくと私の方へと顔を向けた。
「名前…」
「は、はい?」
「お前、休みを頂いたのですか?」
「あっ…はい。半年ぶり位に1日の休み貰いまして「付き合いなさい」
「…は、はいい?」
「その休みの日わたくしに付き合いなさい。どうせ暇でしょう」
「えっ!…あ、あーいやーあのー」
「何ですか、異論は認めませんよ」
「りっ理不尽!」
その日は予定入ってます!えへへ
…なんて言おうものならコーヒーをぶちまけられそうで怖くて言い出せない…が、カミツレちゃんと久しぶりの遊びなのだ!それに先約を優先するのは当たり前だし…ね
恐る恐るインゴさんを見上げると…っひい!怖い怖い怖い!睨んでる!
「あっ、あああのですね…そっその日はですね、あれなんですね…せっせせ先約がありまして…」
後半は聞き取れない程に小さい声だったと思う
だけどインゴさんの地獄耳はそれをちゃんと聞き取ったようで、真顔でピクリと肩だけが揺れた
するとインゴさんはソファーから立ち上がり私に近づいてくる。カツカツと音の良い革靴が鳴る音と私の心臓がドクドクと鳴る音が見事にシンクロしている…
インゴさんが近づいてくるたびに私は後ろへ下がる。だって…怖い。インゴさん絶対怒ってる…顔、いつもより眉間に皺寄せて凄く不機嫌な感じで…オーラがヤバい
とうとう壁際まで追い詰められて、インゴさんが私の顔の横に両手をつく、バンって壁に音を響く程に強く。
「イ、インゴさん…?」
「ノボリ様とクダリ様なのでしょう?」
「え……」
「休日までお前はあの方達を優先するのですか?」
「ち、ちが…ったぁ!」
壁を叩いてたインゴさんの手が私の両手を強く掴み私の自由を奪ってく
ギリッと力強く掴まれた両手は絶対に振りほどくことが出来ない
「やはりお前はマヌケで馬鹿で躾のなってない犬ですね」
「ったい…です、インゴさ、ん…」
掴まれてる腕は痛いし、目の前にいるインゴさんは怖いし…痛さと怖さでふるふると身体が震える。泣きたくなんてないのに目には既にこぼれ落ちそうなくらいに涙が溜まってる。痛い、怖い、痛い、怖い
「泣いたら解放されるとでも思いましたか?」
「っ…ふっ…え」
「本当にムカつきますよお前にはっ!」
インゴさんの長くて赤々しい舌が私の涙を舐めとる。だけどそれだけでは気が済まないようで、舌は頬を首をも舐めていく。怖い…気持ち、悪い
「っふ、やだぁ!…やだや、だ…止めてくだ、さい!」
「ご主人様に命令して良いとでも?」
「…っひゃん!?」
「おや、案外良い声で鳴くのですね」
首輪を下げて露わになった首元にインゴさんはガブリと噛みついた。
インゴさんは楽しそうに笑うと首についた歯型を指でなぞった。
「お前がいけないのですよ」
「お前がワタクシよりノボリ様やクダリ様を優先するのがいけないのです」
「そ、れは…ちがっ」
「言い訳は、聞きたくありませんので」
インゴさんの顔がドアップになったと思ったら見事に唇を奪われていた。既に両手は解放されたがインゴさんは私の頭と腰をがっちりと固定して離してはくれない。
「い、やぁ…!んっんんっ」
「…っ!」
最初に出会った時にされた触れるだけキスとは違い強引で無理矢理で舌まで入ってきた。
状況が理解出来なくてインゴさんの舌が入ってきた瞬間、思いっきり噛んでしまった。インゴさんは一瞬だけ顔をしかめたけどそんなのお構いなしにまた舌を入れてきた。
ちゅ、くちゅと舌が絡みあう音がして本気で恥ずかしくて、上手く呼吸ができなくて…本当に死んでしまいそうだ。
「んっ…ふぁ!んぁ…い、んごさ、ぁん!も、やぁ…」
「…はぁ、」
いくら胸板を叩いても止めてはくれずインゴさんはキスに夢中になっていた。腰を掴んでいた手が徐々に上がっていき、Yシャツにインゴさんの手が侵入してきた時……インゴさんにビンタしてた。あれこんな事前にも…
「っはぁ、はぁ…」
「名前…?」
「っふ…さ、最低で、すっ!最低、最低、最低っ!イ、インゴさんなんて嫌いで、す…!」
「……っ!」
「話し聞いて、くれないしっ…無理矢理っ変なこと、してくるし…っふえ…うう」
もっといっぱい言ってやりたいのに涙で上手く喋れないし、もっと殴ってやりたいのに手は震えて動かない。
キスだけじゃなくて服にまで手、入れようとして…怖くて怖くてたまらなかった
インゴさんを押しのけて部屋を出ようとすると咄嗟にインゴさんに手を引かれて部屋を出ること阻止された。
「…お前は、ワタクシが嫌いなのですか?」
「当たり前、じゃないですかぁ!嫌い、ですっ!インゴさんなんて…大嫌いです!」
「………っ!」
隙を見てインゴさんの腕を振り払い出口へと走った。部屋を出るときに一瞬だけ躊躇った。だけど一刻も早くインゴさんから離れたくって全速力で駅のホームへと逃げ込んだ。
「はぁっ、はぁっ…」
駅のベンチに座り乱れたYシャツを直し首輪を見えないように隠す。
深呼吸して気分を取り戻そうとしてもさっきのことが頭から離れなくて、涙が止まらない。
凄く怖くて、動けなくて、死ぬかと思った。
改めて自覚した。私はインゴさんが嫌いで、インゴさんも私の事が嫌いだ。
なのに、なのに…
部屋を出るときに見たインゴさんの顔は茫然と悲しそうに俯いていた。なんであんな顔したのだろう。だってインゴさんは絶対私の事、嫌いなはずなのに…。
分かんないよ。分からない。どうして涙が止まらないのかも、インゴさんがあんな顔をする理由も。
「もう、分かんないよ…」
涙はいまだに止まらない。
何でかな、嫌な事されたのにインゴさんのあの悲しい顔を思い出すと胸が痛いんだ。
ねぇ、早く誰かこの気持ちを解決して。
苦しくって私には分からないから。