クダリさんに悪魔のような試練を与えられた為、渋々と駅の自動販売機でブラックのコーヒーを買った。
あとはこれを本人に渡し機嫌を直すだけなのだが…
「見つからない!」
インゴさん捜索に出て30分は経つだろうか。ギアステーション自体は余り広くも無いはずなのだが、どこにもインゴさんらしき人は見つからない。
「金髪だし、長身だし案外早く見つかるかと思ったんだけどなあ…」
はぁ、と溜め息。
大体インゴさんがどこかの電車に乗ってしまっていたり、駅の外に出てしまっていればそれはもう見つかる可能性は0に等しい。
「何を突っ立ているのですか。邪魔です」
聞き覚えのあるセリフと声に思わず固まってしまう。恐る恐る後ろを向くと探していた彼がそこにいた。
「……い、インゴさん」
彼は身長差のある私を上から見下ろしている。いや睨まれている。
だがインゴさんの方からフイっと顔を背けると背を向けて歩き出してしまった。
せっかく見つけたインゴさん易々逃がす訳にもいかないのだが何と言って引き止めて良いかも分からずとりあえずインゴさんのコートを掴みしどろもどろしながら導き出した言葉が
「よ、良かったらお茶しませんか?」
まるで私がインゴさんをナンパしているかのようではないか。
**
なんとかインゴさんを引き止めて普段自分達が使う休憩室へと案内した。だけど…
「…………」
「………………。」
か、会話がない!
いやいや会話がない以前に喋れない!隣にいるインゴさんは明らかに不機嫌。ここで私が変な話題を出そうものなら多分瞬殺である。
だがいつまでもこの空気に耐えるのも辛い…。ここは思い切って…
「い、インゴさん!あのこれ良かったらどうぞ」
「…なんですか」
「ぶ、ブラックコーヒーですー」
「……………いりません」
「え…」
「…………」
か、会話終了おおおおおおおおおおおお!?
終わった!私終わった!だって自分からお茶しませんかとか言っといて差し出したコーヒーは断られて、インゴさんはまた黙っちゃったし!
ていうか私コーヒーはブラック飲めないですよ、インゴさん。
1人で悶々とこの次をどうしようかと考えていたらいきなりほっぺたを抓られた。
「い、いひゃいれす」
「…………」
「(無言!!)」
「………お前は」
「ひゃい?」
インゴさんがいきなり私の頬を思いっきり抓り、抓った頬を伸ばしたり戻したり訳の分からない行動をし始めたので私も訳が分からない!それに痛い!
でもインゴさんは私の事を時折悲しそうな瞳で見つめてくる。
「お前はこないだワタクシにされたことが嫌でしたか?」
「…ふえ?」
「先日の事です」
パチンとインゴさんの手から私の頬が解放された。インゴさんは私の答えを待つかのようにじっと視線を逸らさない。…正直怖い
「い、嫌でしたけど…お互い様じゃないですか?」
「…なぜ?」
「私インゴさんの事ぶったし…あ、でも…あの…その後の…あ、あれは反則です!」
「おや初めてだったのですか?」
「ち、違いますよ!私のは、初めてはランクルスちゃんなんですからね!」
フ、とインゴさんが短く笑う。…案外そんなに悪い人では無いのかもしれない…。ちょ、ちょこっとだけだけど!
そりゃあノボリさんやクダリさんを馬鹿にされたり人を犬扱いしたのもキッ、キスしたのも悪いけど…。
こないだの事を嫌か聞いてくるなんてちょっと意外だった。インゴさんならあんなのは当たり前みたいなイメージがあったから。
嫌か聞いてくる分、どこかで反省している部分があるのかもしれない。
「あ、あの!インゴさん!」
「…何でしょう」
「私ギアステでもすっごく役に立たない社員ですけど、何かお役に立てる事があるのなら何でも言ってください!私、何でもしますから!」
「……何でも?」
「はい!それに私には遠慮なんていりませんから気軽に接してくださいね!」
「ほぅ…遠慮はいらないのですか。大丈夫です、はなからお前には遠慮なんてしていませんよ。何せお前は犬ですからね名前。」
あ、あれ?な、何かなあ幻聴かなあ!
私の予想では「わかりました、ありがとうございます」的な回答をイメージしてたんだけどなあ!
「本当にお前はワタクシを楽しませてくれる犬ですねぇ…」
「ちょ、ちょインゴさん!さっきのちょっと反省気味のインゴさんはどこに行ったんですか!」
「…だれが反省などしますか。ワタクシは何一つ反省する事はありませんが」
「だ、騙されたあああああああ!」
さっきのちょっと反省気味インゴさんは全部芝居だったようで彼はやはり私のイメージ通りの人らしい。
「明日から思う存分遠慮なく"何でも"してもらいましょうか」
「…………は」
「お前、先程自分で仰ったではありませんか」
ニヤリとつり上がった口が悪魔のようで背筋がぞっとした…。怖い!怖い!
「………お、覚えてません」
「では思い出させてあげますよ」
「…は!?」
インゴさんはポケットから何か出し……ボ、ボイスレコーダー!?
インゴさんはフ、と笑うとそれのスイッチを押した。
"私ギアステでもすっごく役に立たない社員ですけど、何かお役に立てる事があるのなら何でも言ってください!私、何でもしますから!"
「いやああああああああ!!や、やめてください!恥ずかしい!」
インゴさんからボイスレコーダーを取り上げようとしたらヒョイと手をあげて私の届かない所へ。くそう。なんとかジャンプして取ろうとするが無理だ。インゴさんと私の身長差は軽く30cmはある。
「では何でもしてもらいましょうか」
「…ひっ!い、いやいやいやで…」
インゴさんの手が首へ伸びてきたので必死にガードしようとしたのだが、インゴさんの片手が軽々と私の両手を頭上で束ねてしまった。
「…い!いやです!何するんですかぁ…」
「すぐ済みますよ」
ぎゅと目を瞑る。目には涙が溜まり今にも零れ落ちそうだがそれを我慢する、首元に何か締め付けるものを付けられた。
首元に付けられたものに嫌な想像しかできず冷や汗がだらだらと出てきた。
「終わりましたよ」
「…ふえ」
手を離され恐る恐る目を開けると首には赤色の首輪が付けられていた。
「…っ!…なっなん…ですか、コレ…!?」
「首輪ですが」
「分かってます!なっ、なんでこんな…」
「お前がワタクシの犬だと言う証拠ですが」
「い、意味が分かりません!だっ…だってこ、んな…」
首輪と取ろうとするのだが、そこら辺に売っている首輪と違うのか鍵がかかっていて取れない。
「無駄ですよ、鍵はワタクシが持っていますから」
「な!こ、こんなの誰かに見つかったらどうするんですか!?」
「見せつければ良いでしょう。その為の首輪です」
「そ、そんなぁ…」
仕事の時や外出の時などどうすればいいのだ…。こんなものを付けてライモンシティを歩こうものならみんなの笑いの種である。…いやそれ以前に引かれる、確実に引かれる!!
「今後一切ワタクシ以外の男に近付こうものならその首輪で絞め殺して差し上げます」
インゴさん、目が本気すぎて笑えません。
するとインゴさんは小さな声で「…先程のクダリ様のように」と付け加えた。
「………え」
「何ですか」
「い、いえ…あの仕事上での会話や休憩の時のお喋りはアリですよね」
「ワタクシの機嫌次第ですね」
「理不尽すぎる!」
うぅ、とうなだれていると首輪を引っ張られた。痛い!苦しい!
「…特に」
「…へっ?」
「特にノボリ様やクダリ様には近付かないで下さいまし」
「…は、はぁ」
仕事上、一番ノボリさんやクダリさんとは話すのだが…。
「ではお前も仕事に戻りなさい」
そう言うとインゴさんは機嫌良さそうに休憩室を出て行った。
そんなことより…
「これ、どうしよう…」
目立つ赤の首輪を触りながら取る方法を考えていたが良い考えも見つからないので、首輪をギリギリまで下げてYシャツの第一ボタンをきっちり締めて何とか隠した。
だけど休憩室を出てすぐにカズマサに「先輩、なんだか今日は首周りがきつそうですねー」と言われて心臓が止まりそうになった。
…死にたい。