「あれ?インゴ今日仕事だっけ?」

ひょこっとワタクシの前に現れたクダリ様は飴を舐めながらワタクシに問いかけた。

「ええ、元々休みを取ろうと思っていましたがその必要は無くなったので」

「ああ…名前ね」


半年ぶりに休みを貰った彼女には先約があったらしくその休みを共に過ごす事は出来なかった。


「しかし…犬とは言え居ないと寂しいものですね」


彼女の煎れたコーヒー。今日1日を頑張ろうと思えるあの笑顔。ワタクシを呼ぶ声。
駅はいつも通りなのに彼女が居ないと何故か足りない気がするのだ










「カ、カミツレちゃん!?ジムの前には着いたんだけど…これ…入れないよ!?」

『ごめんなさい、今迎えに行かせるわ』

「あっ!そうだ!カミツレちゃん、裏口を開けといてよ。私そこから入るから!迎えはいらないよ」

『あら大丈夫?なら裏口の鍵開けておくから』

「うん!」


人混みの中を掻き分けて誰かに見られないよう慎重に裏口へと回った。カミツレちゃんと遊ぶ時はだいたいこの裏口を使っている。
なんとか裏口へとたどり着きライモンジムへの中へ入って行く。中は結構静かなんだ…


「そこの可愛いお嬢さん。俺とポケモンバトルしねぇ?」


聞き覚えのある嫌みな声に背筋がぞわり、と震えた。溜め息をつきながら嫌みな声の犯人の方へと振り向いた。


「グリーン…」

「よっ!」


そこには予想していた通りのヤツがいた。相変わらず寝癖のような爆発したウニ頭だな


「え…てか何でイッシュに居るの?」

「ばーか、仕事だよ。俺お前と違って忙しいし?」

「わ、私だって仕事頑張ってるもん…」

「はいはい。だからろくに手紙もよこさないわけね」


こうやって言い合うのもなんだか久しぶりの感覚だ。カントーを離れてだいぶ経つから、グリーンとの再会も本当に久しぶりだ。それに見ないうちにグリーンてばまた背伸びてる


「あ、ねぇカミツレちゃんは?」

「あー奥にいるんじゃね?デンジやらマツバさんやらもいるし」

「は?え?」

「だから仕事だよ。ジムリで各地方のジム回ったりしてんの」

「は、はぁ…大変なんだねジムリも。グリーンなんて私がカントーに居た頃は毎日遊んでたのに…」

「ぶっ殺すぞテメェ。ていうかさ、お前バッジ集め止めたわけ?」


不意に切り出された話題に思わず驚いてしまった。まだ、覚えててくれたんだ


「止めたわけじゃないよ。イッシュのバッジももう制覇したもん!あとはグリーンの所だけ」

「ふーん。じゃぁさいっそカントーに帰って来いよ」

「……は?」


いやいや待て待て。
バッジの話題までは良かったとしてなんでカントーに帰る話しになる!?ちょっとグリーンさんてば頭爆発しすぎて脳みそまでやられちゃったんですか…


「お前今、物凄く俺に対して失礼な感情を抱いただろ」

「い、いや……それより!なんでいきなりカントーに帰って来いなんて言うのよ」

「はぁ…?それは…お前、その、アレだよ。アレ」

「え、何?何、アレってなに?」

「だーっ!うるせえ!お前がイッシュで上手くやっていけてねぇと思って言ってやったんだよ」

「別に…上手く言ってない訳じゃ」

「あのカミツレって女から聞いたんだよ。お前が最近元気無かったって…。なんか悩みでもあんのかよ」

「な、いよ」


きっとカミツレちゃんは察してくれていたんだ。私がインゴさんの事で悩んでた事。


「ふーん」


質問したのはグリーンなのに彼はつまらなさそうに頭を掻いた。すると彼は私に背を向けて明かりのある方へと歩き出した。

「あ、ちょ…グリーン!」


名前が呼び止めるとグリーンは気怠そうに名前の方へと振り向く。

「挨拶も無いの…?」

「は…?だって俺まだ暫くイッシュいるし」

「え!?」

「あーそれと明日お前の職場行くから」

「はぁ!?」


グリーンは淡々と語ってくれるが私にとっては危機でもあるのだ。いや、だって職場って…運悪くインゴさんとかに遭遇したら…。ど、どうなるだろう


「あ、あとカミツレって奴とは今日はもう会えないぜ」

「え…?なんで」


グリーンに問いかけると同時に私のライブキャスターが鳴った。
掛かってきたのはまさに噂をすればのカミツレちゃん。私がライブキャスターを取るとグリーンは手をヒラヒラと降って奥へと戻っていった。


カミツレちゃんからの電話はグリーンが予想した通り遊びが無理になった事だった。なにやら公開バトルの回数が増えたらしい。心なしかライブキャスター越しのカミツレちゃんの声は弾んでいた。

そりゃ地方のジムリといっぱい戦えるんだもんね。
カミツレちゃんは何度も謝ってくれたが、こんな事は今まで何回もあったしお互い様だ。
カミツレちゃんとの通話が終わり公開バトルを見て行こうかとも思ったが流石にあのすごい量のファンの中に入るのは気が引けた為やめておいた。


「今日は帰って寝よう」


特に何もすることなく貴重な1日が終わろうとしていた。
お昼を近くの喫茶店で済ませ帰路へと歩いていると再びライブキャスターが鳴った。


「あれまたカミツレちゃんかな…」


ライブキャスターを取り出し見ると知らない番号。カメラ機能の画面も真っ暗である。少し怖くて迷ったがとりあえず出てみる事にした。


「もしもし」

「…………………」

「え…何コレ?悪戯?おーい」

「…聞こえてます」

「!!」


電話口から出てきたのはいつも私を罵るあの低い声。


「…インゴさん?」

「はい」

「なんで私の番号知ってるんですか、まじ怖いんですけど」

「ふん、ワタクシが好きでお前に掛けるとでも?クダリ様に頼まれたのですよ」

「は、ぁ」


電話越しのインゴさんは少し声が震えていてなんだか新鮮だった。
クダリさんからの用件は「明日飴買ってきて!」という何ともくだらない悪戯の伝言。きっと遊び半分だっただろう。

用件だけ聞いて、他に何かありますか?とインゴさんに聞くと彼はとたんに無言になった。


「も、もしもし?」

「……………明日は」

「はい?」

「…明日はちゃんと来るのでしょうね」


思わずズルリとライブキャスターを落としそうになり慌てて持ち直す。


「名前?聞いているのですか?」

「…っ明日は出勤します!以上です!では!」


インゴさんの声を無視して一方的に自らライブキャスターの電源を切った。

力が抜けてその場に座り込み、両手で顔を覆う。手が顔に触れている部分がとても熱い。

今の自分を誰にも見られたくない。
顔が真っ赤になっているのが自分でも分かる。だってインゴさんが悪いのだ。


「なんで、あんな…」


聞いたこともない優しい声で囁いて、あんな事いつもは言ってくれないくせに。


"明日はちゃんと来るのでしょうね?…………お前がいないとほんの少しだけつまらないので早く来なさい"


インゴさんが言った言葉が素直に嬉しかった。私は、誰かに必要とされてもらっている。ただ、その事だけが嬉しい筈なのに。


「なんでこんな恥ずかしいのかな…」


優しい声を聞いたら自然とインゴさんの顔が浮かんで来て、恥ずかしくて、おかしくなったみたいだ。



明日、どんな顔して会えばいいんだろう

この時の私はすっかりインゴさんの事で頭がいっぱいで、災難を持ってきそうなあの彼の事をすっかり忘れていたのだ。



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