インゴさんの第一印象は兎に角怖かった事と憎たらしかった事しか覚えていない。
会った初日にカッコ良くキメる筈だった英語の挨拶も相手が日本語ペラペラの為に不要になったし、初めて会ったインゴさんに蹴られ、こき使われ、罵声を浴びせられ、キス…された。
出るとこ出ればこれはもう勝てると思うのだが

そんな彼に振り回されて毎度のごとく嫌みを言われそしてたまにセクハラ行為を受ける。
こんなことを上司からされたら一般的な部下さん達は完璧にその上司を嫌いになるし話しもしたく無くなるだろう。私はその一般的な方の人間では無く、残り少数のきっと異常な方。

嫌だの殺したいだの思った事はあったけど心の底から嫌いにはなれなかった。きっと人に甘いのだろう。
前にジムバッジを集めて全国を回ってた時にあるジムリーダーに言われた事があった。

「お前は人に甘すぎるんだよ。その甘えはいつか自分も周りをも滅ぼすぜ」

今になって俺様何様ウニ頭のジムリーダーから言われた言葉を思い出した。


「…名前」

「は、はい」


あのウニ頭は一度ポケモンバトルをしただけで私の甘さに気づいたのだ。私なんて自分が人に甘いのを気づいたのは今更なんだが。


「ワタクシ、お前に伝えなければならない事があります」

「……はい」


でも、この人に対しては甘え…だけじゃないんだと思う。インゴさんに対しては


「あの、そのワタクシは」

「……インゴさん」


何か惹かれる部分が合ったんだと思う。…その何かは分からないけど

ハァ、と一息ついたインゴさんが帽子を取り自らの髪をグシャグシャと乱す。
そしてインゴさんのいつもとは違う真剣な視線が私の瞳を捉える。


「…っ」

「名前…」


インゴさんが私に向かって歩いてくる。さっきの光景がフラッシュバックする。でもあの時みたいに怖くない、逃げない

私の目の前に立ったインゴさんが手を伸ばす。一瞬だけ躊躇って手を戻すといつも付けている手袋を外した


「名前」

「…はい」

「…………抱き締めても、よろしいでしょうか」

「…駄目って言ったらどうしますか」

「ワタクシに逆らう事は許しません」


自分から聞いたくせに…インゴさんの手が伸びてきて私を優しく包んだ。普段はあんなに強引でドSで口が悪いくせに抱きしめる腕はこんなにも優しいなんてズルいですよインゴさん。


「長い話しをしてもよろしいでしょうか」


コクリ、インゴさんの胸の中で小さく頷く。


「お前と初めて出会ったのは二年前でした」

「…は、?」

「初めてエメット二人で日本のバトルサブウェイへと観光を兼ねてやってきました」


驚きを隠せない私をよそにインゴさんは淡々と語る。


「駅には着きましたが目的であるシングルトレインへの行き方が分からず迷っている時にある女に声を掛けられました」

「その女は迷っていたワタクシに英語でシングルトレインへの行き方を教えてくれました」

「身長が驚くほど小さくて、でもどこか魅力のある女でした。ふと目にした女が付けているネームプレートに名前という名前が書いてありました」

「……それ」

「ええ、二年前のお前で御座います」


信じられない。私、インゴさんと出会ってたんだ

「二度目に会ったのは、日本と海外のバトルサブウェイへの交流会で日本へと訪れた時、お前が英語でスピーチをしている所を見かけた時でした」

「ワタクシは奇跡とも思いました。一度足らず二度も会えるなんて、と」

「一目惚れ、でした」

「……っ!」

「小さくて健気なあの女の事を良く知りたい、そう思い始めました」

「それからと言うものワタクシは日本語を教わる為に教師を雇い日本語を勉強しました。時間があれば何度も日本へ出向きました」

「そうして二年が過ぎ、日本への研修が決まりお前と再会できました…名前」

「………」


言葉が出なかった。ここまで淡々と喋るインゴさんは始めてみたし、それに前に知り合っていたなんて始めて知った

インゴさんの腕の力が強まり、苦しさを訴える為にインゴさんを見上げる。


「……驚いた。そんな顔するんですね、インゴさん」


見上げた彼の顔は真っ赤で涙をこらえるかのように口を必死に噛みしめていた


「…一度しか申し上げません。よく、聞いておきなさい」

「…はい」

「お前が、好きです…名前」


真っ赤な顔のインゴさんが自分を隠すかのようにもう一度ぎゅうと抱きしめる


「…ありがとう、ございます。でも…」

「…っ!嫌ですか?」

「ああ、違うんです。えっと私も話しをしても良いですか?」

「ええ、分かりました。聞きましょう」


インゴさんの胸からそっと離れて、ソファーで話しをしましょうと提案する。インゴさんの手を引いて隣に腰を下ろす。
深い深呼吸をして気持ちを落ち着かせる


「私の素直気持ちをインゴさんに伝えます」

「………」

「あの、ですね…私は正直出会ったばかりのインゴさんは嫌いでした」

「……ええ」

「海外のサブウェイボスさんが研修でこっちに来るって聞いて本当に嬉しかったのに、会った途端に蹴られるわ重い荷物を任されるわ罵声を浴びせられるわキスされるわで本当に腹が立ちました」

「………」

「それにこの首輪だってとれないしみんなから笑いものにされるし、正直インゴさんの事大嫌いだと思ってました」

「さっき…無理やりキスされた時もインゴさんに大嫌いって言ってそれは嘘じゃないんだと自分の中で思っていました。だけど部屋を出て行く直前に見たインゴさんの悲しそうな顔を見て私も、胸が苦しくなりました」

「ノボリさんとクダリさんに言われました。自分の気持ちに気づいてないと。いくら考えても答えは出ないと思ってました。だからこれまでインゴさんにされた事とか思い出して…嫌な事とか沢山されて普通なら嫌いになるのに不思議と本気で嫌いにはなれませんでした。そこで、私なりの答えを見つけました」

「…とあるジムリーダーが私に言いました。"お前は人に甘い"のだと。だから考えました。私なりの答えは本当は甘さ故なのでは無いかと」

「……でも、違いました。その人に対して甘さだけで自分の出した答えになるとは思いませんでした」

「私が出した答えはインゴさんにとって不満かも知れません」


ふとインゴさんが私の手の上へと自らの手を重ねる。そして私を真っ直ぐに見つめて、頷いた


「構いません…聞かせて下さい」

「…は、はい」


インゴさんに向き合う


「…私はまだ分からないです。恋だとか人を、好きになるとか」

「インゴさんの事は嫌いではないです。多分好きです。でも…その、恋人同士とかが言う好きではないです」

「んと、えっーと何て言ったら良いか分からないんですがラブじゃなくてライクなんです…」

「インゴさんに対する気持ちはまだ曖昧でよく分からないんです」

「インゴさんの気持ちはすっごく、すっごく嬉しいんです。だけど私が曖昧なままでは良くないと思うので…」


スッと添えられていたインゴさんの手を持ち上げて堅く握手をする


「お友達から、よろしくお願いします」

「私は恋だとか愛だとかスキだとか良く分かりません。だから、まずはお友達として仲良くやりましょう!」

「…名前」


握手した手が離されインゴさんの手が顎に添えられる。顎を持ち上げられてインゴさんの顔が近くなる。


「お前の答えは分かりました。ただお前はお友達からと言いましたが…」

「は、はい…」

「ワタクシは嫌です」

「はっ…はぁ!?」


ちょっと今まで最高にドラマチックで良いシーンだったのに!またインゴさんの強引が始まったよ!


「お友達?ハッ!ワタクシと対等に接しようなどと…そんなのは駄目です。お前の事は引き続き犬として接します」

「ちょっ!なっ!さっきまでの素直なインゴさんはどこに行ったんですかぁ!」

「はて何のことですか。忘れました」

「……っはぁ!?」

「兎に角、お前が出した答えにはワタクシ不満です。だから…」


掴まれた顎をグイッと引っ張られさらにインゴさんの顔との距離が近くなる


「お前からワタクシを欲しがり、お前からワタクシが好きと言わせるように躾てやりますよ」


自信たっぷりな言葉を吐き捨ててインゴさんは頬に軽くキスをした


「ああ、それからお前が言った"お友達から始めましょう"は挑発として受け取っておきます」

「…〜っ!絶対に言いませんよ!インゴさんの事はライクです!これからもずっとライクです!ラブにはなりませんよっ!」

「ではワタクシも宣言しますよ。お前は絶対にワタクシを好きになる、と」


そうなるようにワタクシが躾てやりますから。と言い残しインゴさんは部屋から出て行った。


なんだか呆気にとられてしまった。シリアスな展開になったと思ったら、またいつもの主従関係のようにインゴさんに圧倒されてしまった。

なんだかんだ言って私とインゴさんの関係はこれが一番なのかもしれない。
でも、インゴさんの宣言には負けないんだから!さ、さっきはムードに流されてインゴさんを受け入れちゃってたけどそうはいかない!インゴさんの事は一生ライクなんだから!ラブになんてならないんだから!

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