「駆け落ち、したい」

無意識のうちにまるで空気のように口から出た言葉に、隣に座っていた赤司は目を見開いた。私の手を握る強さが一瞬弱まる。
名前も自分の発した言葉に気づき顔を俯き口をつぐんだ。無意識に出たこの言葉はいつも心の奥に隠しておいた私の本音。赤司は名前の頭を優しく撫で小さく笑う。

「いいね、しようか」

寒空の中に白い息が浮かぶ。周りに降り積もる雪の白さの中で赤く燃えるような色をした彼の髪がよく栄える。
普段は淡々としていて冷酷な部分もあるが本当は心の優しい人だ。よく笑うしドジだってする。周りには余り見せない私だけが知る征十郎君が目の前にいる。

じゃあ、駆け落ちしたら何処へ行こうか。私の手を強く握り締め笑いかける。本当は貴方とならば何処でも良いの。貴方さえいれば場所は関係無い。叶いもしないと分かっていながらも、彼は優しく問いかけてくれる。本当に征十郎君は優しい

誰かが言った。君達の恋はまるで貴族と平民が身分違いの悲しい恋をするようだ、と。あながち意味は間違っていない。
征十郎君は頭も良くて、運動も出来るし、バスケ部キャプテンをしていて行動力も判断力も人一倍優れている。それに彼のお家は大きな会社を経営していて、征十郎君はお家の跡取りだと聞いたことがある。それに比べて私と言えば普通過ぎて何も取り柄のない、物語に出てくるのなら役も名もない少女Aという感じだ。会社員の父と看護婦の母との間に生まれたごく普通の子だ。まるで模範的なような一般的家庭で育ってきた。まるで目立たない平たく言えばモブ的な存在。そんな私が征十郎君のような素晴らしい人と出逢い恋に落ちた。出逢えた事が奇跡だったのに、今こうして彼の隣に居られる。まるで夢のようだといつも思う。

僕はキミのような人と一生を添い遂げたいと思う。地味でも目立たなくてもそこで何も行動を起こさない奴には興味がない。キミは頑張っている。キミを見ていると僕は自然と元気を貰う。キミは地味なんかじゃないし、目立たなくもない。僕の中ではキミが一番輝いている。
彼がくれたこの言葉を私は生涯忘れない。今この瞬間にさえ私は彼の言葉を思い出している。

「私って我が儘ね」
「そうかい?僕は名前の欲が無さすぎて逆に驚くよ」

だからこそ、駆け落ちしたいと言ってくれたことが僕にとってはとても嬉しかったんだ。征十郎君は目を細めて柔らかく微笑んだ。冷たい私の手を暖かい彼の手が包む。
征十郎君といると私はいつも死にたくなる。彼が優しすぎるから、離れたく無くなる。一生いたいと思ってしまう、征十郎君との未来を想像してしまう。すべて叶わないと知っているから現実を思い出したときに死にたくなる。

「本当に…駆け落ちしちゃおうか」

座っていた場所から立ち上がり私に手を差し伸べる。目の前にいる征十郎君の周りがキラキラと輝いているように見える。まるでおとぎ話の王子様のようだ。

「僕も名前さえ居れば後は何も要らない。さあ、手を取って」

頬から溢れる涙を拭う。差し伸べられた手に迷いなどなく今まで悩んでいたことも全て消えてしまった。彼は全てにおいて正しい。私の世界の中心は征十郎君しか居ない。私も迷いなく彼の手を取る。
征十郎君は真っ直ぐに私を見つめ私に解う。僕と駆け落ちしてくれますか、と。私はにこりと微笑み再度彼の手を取った

「喜んで」