「おかえり」

家に帰ると知らないお兄さんが部屋に居た。
にっこり、と柔らかな笑みを浮かべ堂々とソファーに座り込んでいる。どうやらこの泥棒(でいいのかな)凄く肝が座っているらしい。ていうかソコ私の特等席なのに。

「おいおい、んな危ねーモン持ってんじゃねえよ」
「あんた誰」
「俺?分かんない?」

ケラケラと子供のように笑う彼を見て、気が抜けてしまった私は持っていた防犯用のバットを床に置いた。
お兄さんは笑いながら「そーゆー強気な所マジで変わってねえな!」って。私変わったことなんかねえよ。お兄さんは笑いながら自分のソファーの横をポンポンと叩き「まあ座れば?」と勧めてきた。いやソコ私の特等席。
泥棒の隣なんて信用出来なかったけど、このお兄さんは悪い人には見えなかったので言われた通りに隣に腰を下ろす。

「色々質問したい事は山ほどあるんだけどさ、まずアンタ誰?」
「えっ…マジで分からない感じ?」
「マジで分からない感じ」
「そっかぁ…俺そんな老けたかな」

お兄さんはペタペタと自分の顔を触ったり、鏡で自分の顔を何度も見たり。変なヤツ。
ああ、でも誰かに似てるな。あの柔らかい笑顔とか軟派な喋り方とか…。

「………高尾」
「え?なに?」
「お兄さん、私の知り合いに似てる」
「おー多分それ正解だわ。んじゃ改めて聞くわ、俺は誰でしょう?」
「た、高尾和成…?」
「せーかい」

いやでも高尾はさっき帰り道で別れたばっかりだし。ていうか、え、なに?この人誰だ?高尾のお兄さん?いやでも高尾と兄弟なのに同じ名前は可笑しいよなぁ。考えていくうちに頭が可笑しくなりそう。
するとお兄さんが私の頭を優しく撫でた。

「小さいな、名前」
「嫌味ですか?ていうか泥棒さん勝手に触らないで下さいよ」
「いや俺だって知らない間に此処に居たんだよ。これマジ」
「新手の泥棒さんですね…電波さんですか?」
「違えよ!ったく本当に昔からこんなんだよなぁ…」

お兄さんはケラケラと笑う。本当に高尾とそっくり。だけどこのお兄さんの笑顔はどこか寂しそうだった。お兄さんは寂しそうに、それでいてどこか懐かしむように私を見つめる。
途端にお兄さんの長い腕が伸びて私を抱き締めた。
「ちょ…!マジで訴えますよ」
「………ごめん。5分で良いから抱き締めさせてくんね?」
「……長い」
「ハハッ…本当に、言うことも全部変わらねーのな」

弱々しく私の背中に回された腕は微かに震えている。お兄さんの肩へ顔を寄せると彼からはちょっとキツめの香水の匂いがいた。
私は何故だか無意識のうちに彼の背中へと腕を回していた。それに気づいた彼が少しだけ肩を揺らす。

「…名前、学校楽しい?」
「うん、楽しいよ」
「俺とちゃんと仲良くしてくれてる?」
「高尾の事?あいつはウザいけど良い奴だよ」
「ハハッ…ひでー」
「ねぇ、お兄さん」
「んー?」
「泣いてる?」

私の肩にもたれかかるお兄さんから、冷たいものを感じる。それは次第に私の制服へと浸透してゆき濡らしてゆく。

「…こうやって、抱き締めてれば良かったのにな」
「…………」
「…ずっと、ずっと、名前の事俺の腕の中に閉じ込めておけば良かった」
「……臭いセリフだね」
「…………名前」
「うん?」
「真ちゃんのこと、好き?」

顔を上げたお兄さんが真っ直ぐに私を見つめる。私も決して目を逸らさずに彼を見つめ返す。切れ長の目が私の答えを見透かすかのようだ。

「うん、好きだよ。」
「そっか……あーあ、俺なんか情けねぇ…過去に戻って来ても答えは同じなのにな…」
「……お兄さん?」
「大丈夫、お前の初恋は叶うよ」
「…………」
「ただ、少し諦めの悪い男がついて回るけどな」
「……ねぇ、お兄さ」
「名前」

私が発しようとした言葉は彼に遮られてしまった。お兄さんはもう一度私を抱き締めた。今度は強く、彼の力強い腕に私はすっぽりと埋まってしまった。

「…和成って呼んでくんね?」
「………和成」
「名前、こっちの俺にも優しくしてやってね」
「…うん」
「あと好き嫌い無くせよ?特にピーマン。お前ずっと食べれねえからなぁ…」
「うっ、うるさい…」
「…最後にさ我が儘な俺の一生に一度のお願い聞いてくんない?」

お兄さんは泣きそうな顔で私の頬に手を滑らせる。私と彼だけのこの部屋に私の心音がうるさく響き渡りそうで少し恥ずかしい。

「…なに?」
「一回で良いからさ俺のこと、好きって言って」
「………」
「そんで俺のこと思いっきり抱き締めて」
「……うん」

頬に当てていた彼の手に自らの手を重ねた。何故だろう彼を見ていると私まで辛く、泣きそうになる。私は小さく小さく彼だけに伝わるように呟いた。


「…好き、好きだよ和成。大好き」


そして彼の首へと腕を回し、思いっきり抱き締めた。お兄さんは消えそうな声でありがとうと伝えると、私へ触れるだけの空気のようなキスをした。お兄さんは泣いていた。









「……あれ、私寝てた?」

目が覚めると私はソファーの上だった。よく見れば先程まで自分が着ていたブレザーがかけてある。ふと机に目をやると小さなメモが残してあり、男性らしい独特の字で「ありがとう」と書かれていた。メモを見ていると次第に私の目からは涙がこぼれ落ちる。

「なんで、涙が出てくるんだろう」

私のブレザーからはほんのりとキツめの香水の香りがした。




拝啓、16歳の愛しき貴方へ