「鬼ごっこ、しませんか?」

そう呟いた彼の笑顔が頭をよぎる。止めて欲しいこんな時に。だって彼の言葉は今現実となり実行されているのだから。
黒子くんは普段から大人しく温厚な性格だった。今となってはそれが過去になりつつある。だって彼の本性を知ってしまったから。

こんな事を考えていても足は止めない。私は必死に学校内で彼から逃げているのだ。なんでこんな事になったのか、そんなもの分かるなら教えて欲しい。私はただ黒子くんとクラスメイトとして普通の毎日を送っていた筈なのに。ある日知ってしまった、彼が黒子くんが私に想いを寄せてくれていることを。それだけなら良かった、そんなことなら嬉しかった。なのに彼が私に向ける愛は重すぎた。
毎日のように届くメールや手紙。机の中に仕込まれた大量の私の写真。朝は必ず黒子くんが迎えに来るし帰りも拘束されてバスケ部の練習が終わるまで体育館の倉庫へと監禁される。交際なんてしていないのに彼は私を恋人のように扱う。

「名前さん僕と賭けをしませんか」
「……賭、け?」
「そうです。今日の放課後10分間名前さんが学校内で僕から逃げ切れたら、僕は君に関わるのを一切止めてあげます」「……嘘」
「本当です。でも万が一、時間内に僕が名前さんを捕まえることができたら、そのときは………」

とうとう足が限界に近づき私は体育館の倉庫で足を止めた。ここならいつも見慣れていて内部の構造も分かるし暗くて何も確認出来ないだろう。
息切れする呼吸を整えて首にかけてあるストップウォッチに目をやる。時は既に9分をきっていた。大丈夫この調子なら後は隠れて見つからなければいける。

「名前さんは素直で助かります」
「……くろこ、くん」

暗闇の中からうっすらと人影が見えた。嘘だ、だって、こんな事。
真っ暗の中に床を踏む音が段々と私に近づいて来るのが分かる。逃げなきゃ、捕まったらお仕舞いなのに。頭の中ではそう理解している筈なのに身体は思うようには動いてくれない。まるで影に捕まっているかのようだ。

「僕ずっと前から此処に居ました。名前さんが来るずっと前から」
「……な、んで」
「名前さんを信じたんです。いつもここで監禁されていた名前さんならここの構造も理解しているし隠れるのには最適に思うだろう、と」

足音はどんどん近づいて来る。ふと何かが私の横を横切った…気づいた時には遅く私の後ろの扉は閉ざされた。しまった今のは黒子くんだったんだ。
とうとう本当に真っ暗になってしまった。いつもなら分かるのに今は気が動転して何も考えられない。怖い、怖い、誰か誰か助けて、助けて。

「名前さん僕の勝ち、ですね」
「……っひ!いや、い、あ…」
「約束ですよ。僕と一生を共にしましょう。死ぬときも一緒ですよね?」

黒子くんの手が私を抱き締める。彼の手は冷たく温度すら感じられない。耳元で何度も何度も愛してます、名前さんと呟かれ頭が可笑しくなりそうだ。
隙を見て彼の腕から逃れて手探りで倉庫の扉を探す。急いで、お願い、私、嫌、いや

「駄目ですよ名前さん。約束です」

暗い視界にまた何かが被さった。私の身体は一気に床へと叩きつけられた。


「名前さん、捕まえた」

ああ、どうやら鬼に捕まった。