※恋愛要素皆無。ちょっとだけ注意



カチャカチャカチャカチャ
フォークと皿が、スプーンと皿が触れ合う音に目の前の彼は少しだけ眉間に皺を寄せた。不快…そう顔に書いてあるような、意図も簡単に読み取れる表情だった。


「食べないの?」
「いらないのだよ」
「そう……」


カチャカチャカチャカチャ
彼との短い会話が終わりまた、その不快な音が響き渡る。気を付けていてもどうも音を出してしまうのだ。
一口、また一口、次から次へと目の前の皿は元の状態に戻ったかのような白さで何枚も重ねられてゆく。一口、また一口、料理は彼女の胃袋へと落ちてゆく。


「よく食べるな」
「そうかな?緑間はもう少し食べた方がいいよ絶対」
「何故そんなに急ぐ」
「…え?」


急に音は止まった。彼女はナイフとフォークを握ったまま緑間を見つめる。緑間は名前を苦しそうな瞳で見つめた。何かを訴えるような瞳。
ひゅう、呼吸をするたび肺に入ってくる酸素が痛い。


「何故って、だって、」
「俺はアイツとは違う。食べ物を残したって文句は言わないし、その位でお前を傷つけたりはしない」
「な、なんの、話し?」
「名前、アイツはもう居ないのだよ」


"食べ物を粗末にするなよ。残さず食べろ。食べることも練習の一貫だ。時間内に食べ切れ。"
(―…あれ?この言葉は、誰の言葉だっけ。)
ひゅう、ひゅう、吸いきれなくなった酸素が溢れ出すように呼吸が荒くなる。手が震えて、上手く、ナイフが、持てない。
ボトリ。鈍い音が小さく響いた。ナイフとフォークが床に落ちた。やだ、早く拾わないと、怒られ、ちゃう。


「…っ…ぇ…お、うぇ…」
「大丈夫か?」
「…っはぁ、はぁ、ぁ」
「名前、吐いて良いぞ。流石にあの量は食い過ぎだ。思う存分吐き出せ」
「…っ……ぅ、は、ぁ…」


緑間は名前の背中を優しくさすった。名前の嘔吐は止まらず、彼女は無理矢理詰め込んだ料理を必死に体内から吐き出した。
彼女の背中は細く、まるで骨と皮だけのよう。小さくて細いその身体には小さな痣や傷が幾つも見える。腕には包帯。見ていて痛々しくなる程に。

「……め…なさ、い」
「…どうした?」
「ごめん、なさい…ごめんな、さい…ごめんなさい」
「名前…」
「ごめんなさい…赤司くん…ごめんなさい赤司くん赤司くん赤司くん赤司くん赤司くん赤司くん」


身を小さく丸めながらまるで許しを請うように、手を床に付け頭は一切上げずにアイツの名前を呪文のように唱え続ける。


「名前…」
「もっ、もう、残したり、しないから!食べた物も吐き出さないで、ちゃっ、ちゃんと食べるから!」
「名前、名前」
「だから、っだから、お願いだから、お願いだから」
「名前やめろ」
「置いていかないで、ねぇ、私、ちゃんと良い子にするから、私、赤司くんの言うこと聞くからっ…」
「………」
「置いて、いかないで…赤司くん…」


緑間は名前の手を引き力いっぱい抱き締めた。涙でぐちゃぐちゃの顔をゆっくりと撫でる。
生気の無い目からは幾度となく涙が溢れ出していた。


「だ、めだよ、緑間、私、汚いから」
「汚くなんてない」
「だめだよ、赤司くんが、赤司くんが、怒っちゃう」
「名前…赤司は…もう居ないのだよ」


抱き締める腕に力を込めると名前もそれに応えるようにぎゅうと握り締めた。
泣きながら何度もごめんね、ごめんね、ありがとう。と小さく呟いた。

安心させてやりたい。手足は未だに小刻みに震えている。いつも何かに怯えるように暮らしている。無理に笑顔をつくる。どれも全部、無くしてやりたい。


だけど彼女は忘れない。安心出来ない。彼女の頭の片隅はいつもアイツで支配されている。アイツを思い出さない日はない。アイツの名前を口に出さない日はない。


名前を赤司から引き離した俺の判断は正しかったのか。そんなこと誰にも分からないのだよ。



貴方はもう居ないのに、私はいつも貴方の事を思い泣くのをきっと貴方は知らない。ねえ、貴方が居ないと私は駄目なの