「黄瀬くん、黄瀬くん」

俺の腕の中に収まる小さな彼女が、透き通るような声で俺を呼んだ。まるで小動物のような彼女は小さくて、丸っこくてみんなを癒やしてくれる存在なのだ。
それは俺に対しても例外ではなく、今だって彼女を苦しい位に抱き締めて彼女に癒やしてもらっている。本人はなんでこの状況なのかを分かってないんだろうけど


「ねぇ、黄瀬くん」

「んーもうちょっと…」

「もー…!苦しいよ」


セーターの袖をグイグイと引っ張ってくるのを無視して名前に回していた腕の力を更に強めた。
その時「はぁ、」と小さく溜め息をついた黄瀬を名前は見逃さなかった。


(―…黄瀬くん疲れてるな)


それもその筈、今日という日は彼が生まれた大切な日。黄瀬くんの誕生日。
モデルでもある黄瀬くんには勿論ファンの子がいる。今日は朝から、そのファンの子やクラスメイトや学校中の女子に追いかけられて居たのを見かけた。あ、あと森山先輩と笠松先輩がそれを見て今日の黄瀬くんの練習メニューを2倍にするとか何とか話し合ってたのも見かけた。


「はぁ…俺今日誕生日っスよ?祝って貰えんの嬉しいっスけど、ちょっときついっス」

「それは分かるけど…みんな黄瀬くんが好きなんだよ」

「………名前っちは?」

「んう?」

「名前っちは祝ってくれないんスか?」


黄瀬くんが少し拗ねたように頬を膨らませて私を見つめる。

そりゃそうだ。
本来一番祝ってあげるべき存在は、黄瀬くんの恋人である自分なのだ。


「…忘れてたと思う?」

「うん」

「即答!!昨日は12時ぴったりにメールしてあげたじゃん」

「それだけスか」

「……だって、朝は女の子に囲まれてたから」

「んなのどーでもいいんスよ。俺の彼女は名前っちじゃないスか」


自信持っていいんスよ。と彼は慰めるようにまた強く抱き締めた。
嬉しい。彼が自分だけを特別に扱ってくれているようで、それだけで嬉しかった。


「…でもなんで今抱き締めてるの」

「名前っち補充」

「意味分かんないよ。………ねぇ、涼太くん」

「やっと名前で呼んでくれたっスね」

「……うるさい!プレゼントあげないよ」

「えっ…あるんスか……!?」


先程と打って変わって目をキラキラと輝かせた涼太くんはまるで餌を待っている大型犬のようだ。心なしか、ブンブンと尻尾を振っているようにも見える……見えるだけだよね?

涼太くんから少し距離を取り自分のポケットの中を漁る。小さい箱を取り出して涼太くんへの掌へと乗せた。


「……ん?なんスか?」

「こないだ私の誕生日だったでしょ」

「うん。5月っスよね」

「そう、私は涼太くんより一足先に16歳になりました」

「それが何か関係あるんスか?」


名前の質問に疑問を浮かべる黄瀬は、プレゼントを早く開けたいのかソワソワしている。
それを見て名前はクスリと笑い、話しを続けた。

掌にプレゼントを持たせた黄瀬の手を握り彼を見つめる


「私はね、怖いんだよ涼太くん」


彼の大きな手を両手で包んだ。涼太くんが心配そうに何度も私の名前を呼ぶ。


「涼太くんは、何でも出来ちゃうし顔はイケメンだしスタイル良いしモデルやってるし、私とは違い過ぎるの」

「…名前っち?」

「いつも思うの…私で良かったのかなぁって」

「…………」


真剣な話しをすると悟った涼太くんはそれ以上何も言わなかった。
ただ私を真っ直ぐに見つめて私が言葉を発するのを待ってくれている。


「みんなの人気者で女子からもモテモテで心配になるの…」

「いつか涼太くんが他の人を選ぶんじゃないかって」

「だから私、予約しておこうと思って」


黄瀬の掌の上にあるプレゼントを名前はゆっくりと開けた。リボンを解き、中から出てきた小さな箱に黄瀬は未だに理解出来ていなかった。


「私はこないだの誕生日で16歳になったよね」

「……は、いっス」

「私はもう結婚出来る歳だから、これは涼太くんを予約するための証みたいなものだから。」


箱を開けて、涼太くんの掌を取る。細くて長い綺麗な指にシルバーリングをはめた。

涼太くんは薬指にはめられた指輪を見て、大きく目を丸くした。するとその瞬間、涼太くんの瞳からポロポロと涙が零れ落ちた。


「涼太くんが18歳になったら本物を私に付けてよね」

「………勿論っスよ」


そう言うと涼太くんはまたぎゅうぎゅうと私に抱き締めた。それに応えるように私も涼太くんの背中へと手を回した。


「…名前っち、名前っち」

「なぁに」

「俺、絶対幸せにしてみせます。多分これから先、名前っちしか好きにならないっス」

「うん、ありがとう」


彼の唇が近づいてきて、それを受けとめるようにキスをした。
唇が離れた後も名残惜しそうに互いに見つめ合う。

涼太くんの涙を拭き、私自ら涼太くんへとキスを落とした。


「涼太くん、誕生日おめでとう。」


大好きな人よ、生まれてきてくれてありがとう。



2012 6.18
kise Happy Birthday