僕には双子の兄がいる。どちらかと言うと女顔の自分とは違い、イケメンともてはやされる彼は女の子には不自由しない。だが、どんなに女の子と遊ぼうと、最愛の妹の姿を僕に求める冠馬はやはり満たされないのだろう。これこそが、彼になりたいと思わない理由の一つだ。曇り空の下、駅までの道のりを山下と隣り合って歩きつつ、晶馬は友人の繰り出す雑談に適当に相槌を打って、片割れのことを考えた。平日の放課後は人通りもそこそこで、慣れた道のりを其れまでの日常と変わりなく歩む。陽毬が死んだのはつい一週間ほど前のことだ。そして妹が生き返ったのも一週間前のことだ。謎のペンギンの帽子と幻想じみた世界。陽毬の命を謎の生命体に握られたまま、僕等はピンドラムだとか訳の分からないものを探すことになった。

ギリギリの綱渡りをしている。

其れは陽毬が家に戻って来てからも云えることであった。兄貴は彼女をたった1人の女の子としてみている。この今にも崩れて落ちてしまいそうな均衡を保つ術を、誰か教えて欲しい。

だから、僕は妹の代わりに僕を使うことを許すのだ。妹に手を出さない限り僕はあいつを許す。僕を通して陽毬を求める冠馬が心底哀れだと思いながら、二人と一人にならないことに心底安堵する。
全て、全て三人でいるが為なのだ。


こんな灰色の感情をくすぶらせていることを、きっと陽毬は知らない。僕をきれいなものと見なす冠馬は尚更そうだ。


「おーい、高倉弟?」
「…ん?」

 思考の渦にのまれすぎた晶馬を気遣ってか友人の手が目の前で揺れた。ぶらぶらと振られる其れを見やると、山下が晶馬の首に腕を回し、自身の方へと引き寄せる。晶馬は何時も通りに気のない返事を返した。
だが、山下は呆れたように晶馬を眺めてにやりとわらう。

「おまえってさあ…その可愛いお顔の下にどんな澱みを隠してんだかな」

「え」

 金鎚で頭をぶん殴られたような心地がした。不意打ちだった。すぐに僕も軽く笑みを浮かべて返す。

「そうかあ?」
「そんな感じする訳よー。どんなえぐいAVを見てるのか…俺としてはすっごく気になるとこでさ」
「で、貸してくれって言いたいんだろ」
「おうっその通りだ親友よ!」
「誰が親友だ、誰が」
「つれねーのなー」

 どきりとしたのは杞憂に終わったようだ。こいつは、馬鹿でお気楽全開なのに偶に見透かしたようなことを言い当てる。もしかしたら僕の中にあるこの感情に、彼は気づいているのかもしれなかった。僕はわざわざ言葉にしてしまうのが怖ろしく、また必要も感じず、雨晒しのように放置しておく。女の子の話さえ降れば、健全な男子校生な彼はそれ以上話題を掘り下げたりしない。AVよこせ、と引っ付いてくる山下を剥がしていると、後ろから肩を叩かれる。そして第三者によっていとも簡単に山下と引き離された。


「……冠馬、」
「なーにやってんのお前ら。道の真ん中で邪魔なんだけど」
「あっ高倉兄じゃん。」


すれ違う女子高生たちが思わず振り向く容姿、容貌を兼ね備えた冠馬は紛れもなく血を分けた僕の双子の兄だった。目前には駅の改札口が見えていた。晶馬は余計なことを言われる前に冠馬の手を引いて、路線の違う友に別れを告げる。


「じゃあ、駅だからまたな」
「ちょ…晶馬?」

 定期を自動改札にかざして通り抜ける。手を引かれ驚く冠馬などお構いなしに僕はホームまで向かった。


「急に何」
「AV貸せ貸せ五月蝿かったから」
「それは俺にも貸して欲しいわ」
「…冗談止めてよ兄貴」

 繋いだ手のひらがやけに汗ばむ。僕は外そうとしたがその前に冠馬に握り返されてしまって、機会を逃したと思った。これほどに胸が苦しいのは冠馬と陽毬どちらも愛しているからだ。どちらが好きとか、愛しているとか比較できる生易しい感情ならば、どんなに良かったか。


晶馬は二人の手を離せないまま、今日も立ち竦む。いつか三人でいられなくなる日まで離せない僕を、僕が痛いくらいに知っている。


end
どろぬま
書いててえらい楽しかった

110816
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テーマ「人外ファンタジー」
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