辺りにほとばしる血と、そして瓦礫は、痛々しく、また生々しく、街に戦争――否、惨殺事件の傷痕を残している。そしてその屑の中に浮かんだ、ちんどん屋のような、ちかちかする服と髪の色の人物を見つけた刹那、反射的に、私は断末魔を上げていたのである。これは驚愕からくるものでなく、ただ衝動的に乾いた叫びが出ただけであり、つまり理解力の長けていた私は、そのぶん状況把握もひどく早くあったので、この町はこいつが壊したのだ、という答えを出していた。それは悔しさからくるものか?自分の町を壊された悔しさ、故郷がこの男によってずたずたになったという怒り、そして虚無感、親兄弟まで、ただのこいつの趣味、というより最低で外道極まりない性癖のせいで殺害された。薄気味悪い笑みを浮かべながら。ゆらりと佇む人の皮を被った悪魔は、月に照らされてぼんやりかたちを現している。辺りの地面が血に濡れて、ギラギラとひかっている。




「どうだい名前、これがキミの故郷だよ」




男はヒソカといった。奇術師だそうだ。この男はまぎれもなく変態の中の変態であり、短い人生のなか、今まで出会った人間の中でも、ダントツでトップの気狂いであった。なんでも、人を壊す瞬間に、どうしようもないエクスタシィを感じるらしく、むろんそんな男が常人なわけもなくて、わたしはヒソカのことを、半端でなく恐れていた。絶対に、会いたくなかった。ただ恐怖だった。返り血に染まり、嬉々として人を殺め、恍惚とした表情で、わたしを見つめ、そしてにやりと笑う化け物。いまだわたしが生きているということが、殆ど奇跡のようなことだったが、この背中に流れる冷や汗は、なんとなく、わたしに迫る死を暗示しているような気がした。
男に会うのは、とっくに10回を越えていた。しかし今の今まで、ここまでわたしに戦慄が走ったのは、初めてのことであった。



「どうして、わたしに固執するの……」

「おやおや」



ようやく絞り出した声はかすれ、少々裏返えった。対してヒソカのほうは、くくく、と愉しげに笑って、まるでだだをこねるわたしに困る素振りを見せるみたいに、しかしこのいささか普通でない状況にも関わらず、軽い口調でいい放った。異常だ。

喉の奥で殺すみたいに、いや、隠すように、転がすように笑う声が、大きくなった。否、ちがう、近くなったのだ。いつの間にか、何メートルも前方に居たヒソカはわたしの背後に居て、わたしは頬をなぞられた瞬間、ヒッ、と息を洩らした。うまく息ができなくなって、ハッハッ、と過呼吸の状態に近くなると、わたしの視界はぼやけて、頬に涙がつたったのがわかった。背中に感じる体温で、わたしと男の距離がいかに近いか思い知らされる。



「泣き顔も可愛いね、名前は」



肌なぞるように発せられる声に、わたしは寒気がした。かたかたと震える体と、わたしの瞳の奥にある、ヒソカに対する畏怖を感じとったのか、男はいっそう笑みを濃くさせた。
わたしは『しぬ』のだ。息絶えるのだ。この人非人の手によって。なんなんとする血が噴き出す場面を想像しただけで、眩暈がした。また、このトランプの餌食となった人間の数が、ひとり増えたことになる。


「いいねえ、その顔…ゾクゾクしちゃうよ」




気づきたくはなかったが、腰あたりに感じる違和感で、この男がたしかに興奮しているのがわかった。わたしの恐れおののく顔で、およそ常人ではそそられないような醜い表情で、感じている!間近に感じる奴の、硬くて脈打つそれが、ひどく汚いものに思えた。欲望の塊が(きっとわざとだろう)主張してきて、容喙するように、わたしの考えをじゃました。
男はわたしの体を囲繞するがごとく抱きしめ、また、そのかたちを確認するがごとく、指を這わせる。幾人の人をころした手。そして、この町の命を喪わせた、手。
そんなわたしの怯える姿に確かに感じているこの男は、どうしようもない変態だ。


「死にたくない…っ、死にたくないの!いやだっ、殺さないで」
「キミを殺すために来たんじゃないんだけど」
「じゃあ、放してよ…今すぐ…!」
「キミが、放してくれないんだろう?」



身じろぎをして、必死に乞えば、にいい、と、その表情筋が上に持ち上がって、


「そんなにも可愛い、脅えた顔を見せられたら」




戦慄く体を抱きしめ、カタカタと鳴る奥歯を必死に噛み締めて、ヒソカの次の台詞を待った。人形のように整った顔立ちと、まさに陶器のような肌が、月明かりに、その凹凸をはっきりと照らされていた。その仄暗さが無意味にわたしの心を震えあがらせた。とにかく恐ろしかったのだ。


「ボクはね、考えていたんだよ、名前。そう、今だって、キミが壊れたらどんなに気持ちいいか、考えただけで興奮してしまう。だけれど気づいたんだ。キミはボクにとって、戦いの高揚感を持たせてくれるような女でもなく、かといって挑戦的な目を向けてくるわけでなく、そこらへんに転がってる奴らと同じように、恥ずかしげもなく命乞いをするような、弱者だ。それなのにここまでボクは、キミに固執している、その理由はなんだろうね?」



「わかん、ない、よ…」
「答えなきゃダメ」
「…あなたの」
「ヒソカ」
「…………………ヒソカの、恋人とか、友達に、わたしが、似てる、から」
「ああ、残念。不正解だよ。ハズレ。全然違う」


しばらくの沈黙ののち、風がざあ、と木々を揺らした。生唾を飲み込み、その間もヒソカとは目を逸らさない、逸らせない。今にも全身の力が抜け、失禁してしまいそうだった。呼吸しているのがやっとな殺気にあてられ、もはやわたしに喋るという選択肢は残されていなかった。そうでなくても、もう既に、その権利はない。



「名前、愛してるよ」



それを聞いたときのわたしの顔は、きっと絶望に墜ちた、打ちひしがれたようなものだったに違いない。今度こそ無様な嗚咽を洩らしながらもがくと、首にかけられた手はほどかれて、代わりに奴の顔が迫ってきた。しみや毛穴の開き一つすらない肌の、綺麗に整っている顔だ。いやに冷静に働く頭は、ほとんど意識がとんでいたと言っていいだろう。快楽殺人鬼の舌は熱かった。屈辱である。
20110116
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