シルクのキャミソールを身につけた名前は、ブロンドの髪を撫でつけて、白い壁に寄りかかっていた。その薄い布は、彼女のバランスのとれた、確かに美しいプロポーションを持つ体を覆うだけのものでしかなく、その曲線美は明らかだった。ベッドの脇に腰掛けた、俺を挑発するような視線からは、微塵の可愛さも感じられず、組まれた生足の線が、逆に情欲をそそらされた。整った唇はゆるやかな弧を描き、俺に笑いかけてくる。

「さすが百足の幹部となると、与えられる部屋が違うわね」
「幹部、か」
「でも生活感がないわ、寂しい部屋ね」
「貴様が居るだろう」

彼女は一瞬驚いたような表情を見せたが、それもつかの間で、すぐにまた、余裕をもった女の顔にもどった。どうしようもなく愚かな考えしかもてないこいつにはとうてい理解できないし、また考えつくされたこの態度も俺には滑稽なものとしてうつしだされるのだが、しかしその計算づくの肢体に目を奪われるのは嘘でなく、応じるように薄く笑った。そうして、座っている俺を柔らかなベッドの上に倒せば、彼女は片膝を寝台の上に乗せ、ひとつ口づけを落とした。10センチほどの距離で互いの視線がぶつかれば、目を細めて、後ずさった。猫のごとく、ゆっくりと、滑らかに近づかれれば、彼女のキャミソールの右肩紐がずり落ち、とうとうその白い素肌が外気に晒された。


「わたしが居れば、この部屋が華やかになるってこと?」
「フン、調子に乗るな。お前みたいなやつがこの部屋に居たら、百足一五月蝿い部屋になるだろうぜ」
「調子に乗ってるのはどっちかしらね」
「なんだと?」


人間ばなれした尖った八重歯が見え隠れするとき、彼女独特の舌の動き、まばたきの瞬間、すべてが目についた。細かく意識のなかに入っていく、その仕草は、単純に惹きつけられるものがある。まだ冷静な判断がくだせるだけ、俺の精神力の賜なのかそれともこいつが大した女じゃないのか。



「かわいい」



霊界で指名手配された経験があり、暗黒武術会では優勝し、百足では強い位置に居る俺に、物怖じせずにこんな不躾なことを言ってくる輩はこいつ以外には存在しないだろう。それでも挑発的な意志を瞳のなかに宿らせて、とうとう俺に馬乗りになり、そのまま体重を預けさせたのは他でもない俺であり、まだまだ自分は甘いと感じた。これは沈着でないのではなく、単に俺の心にまだ隙間があっただけだ。そこに足を引っ掛けてきたのが名前なのだ。思案してる暇もなく、名前は、壁に寄りかかっている俺の肩に手を置き、そして鼻があたる距離まで近づけば、


「ふしぎね。こんなわたしの心を満たしているのは紛れもない安堵感なんだから」
「これは安堵感の表れか?」
「飛影も満たしてあげようと思って」


右手に彼女の指が絡む。細くて無駄な肉のついてないそれと、やわらかな手の平は、印象と反対にあたたかい。ともなくして、きゅ、と、若干の力をこめて握られた瞬間、彼女の双眸は閉じられて、長い睫が頬に影をつくった。頬骨から顎のラインを舌先でなぞれば、俺はたがが外れたように、りんごのように真っ赤な唇を味わった。むろん、彼女も簡単に受け入れて、俺の舌が自身の口内を荒らすのも許した。彼女の唾液は甘い味がして、体の芯が痺れるほどに熱かった。そして、誘うように舌を絡みとれば、それに応じるように、彼女もくちゅりと卑猥な水音を立てつつ、妖しく蠢いた。口の端からたまに漏れる吐息は、俺の両耳から骨に響いて、理性を刺激した。そしてまた、その理性ががらがらと崩れる音も、骨身に響くのがわかった。離れた彼女の熱は、俺を止めるにはちょうどよく、しかし自分たちの間に、銀の糸がつうと伝うのを目にしたら、その冷静さも一時のものであるのかと感じた。所詮は、俺も本能に逆らうことはできないのである。
潤んだ双眸が揺れたとき、彼女が身じろぎしたのが、繋がれたままだった手からわかった。



「飛影が、どうやったら満足するのか、わたしには解らないの」



少しだけ唇を噛んで、すこし迷った素振りを見せつつ、おれの背に腕を回してきた名前は、普段の彼女ではなかった。計算だかい女とは思っていたが、しかしまだこんな未熟な部分ももっていたのか、と少しだけ笑ってしまった。ふ、と耳元で息を漏らすと、俺は名前の首を抱き、そのままベッドに寝かせた。白い柔肌と、白いシーツ、そして色素の薄いプラチナブロンドがよく映えた。


「お前は白い。そのままのお前でいい」


今夜は月が綺麗だ、と続ければ、彼女の面もちはにこやかなものに変わり、


「闇がなければ月は映えないものなのよ」


とだけ口にしたあと、俺がその後を遮るように、貪るような口づけをした。甘かった。まるで対照的な俺たちが交わることは決してないけれど、互いの存在は絶対でありそれは必然的で、まるで道徳に背くような行為をしていると思えば、また体の奥が痺れて、溶けるような気がした。夢幻のかなたにどんな世界が広がっていようと、これはきっと、不可欠な事象に違いないのだから。
101004 さりお
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