六角中において、硬式テニス部といえば、絶対の人気と絶大な信頼を誇る存在であった。それは、毎回全国大会までいくことができる、テニス界でも『古豪』名を馳せるほどの実力であり、メンバーが変わっても、そのチームワーク、プライドともに揺るがぬことはなかった。それは、この地区に住むものみな、大人から子供まで知っていることであり、応援も、尊敬もしていた。
その中のひとりを、恋愛感情を含ませた『好き』の気持ちになるのは、特に同年代なんかでは、めずらしいことではなかった。とくに、無駄にいい男ともいわれる佐伯などについては、1ヶ月に5・6回は告白を受けている。彼は、同じクラスのひと、他のクラスのひと、先輩、後輩、また先生からも大きな人気がある。テニス部のエースで副部長だから、というのもあるが、生徒会副会長をつとめているという理由もあった。全校の中で、佐伯を知らないものは居なかった。
そして、それはわたしも例外なく、わたしは、その有名な佐伯くんを好きになってしまったのだ。といっても、それは、つい最近のことである。
ことのあらましを話せば、とてもわたしの惚れた理由は単純であり、且つ単細胞のような考え方とも言えるだろう。しかしそれが乙女心というものなのだ。
先週はテスト期間で、最後の成績が出る。だから、みんな必死に勉強していた。わたしは佐伯と同じクラスで、彼には何回も世話になった。彼に聞けばどんなこともわかったし、とても賢かったし、性格だってこれ以上ないほどよかったし、たまたま佐伯がそのとき隣で、たまに勉強を教えてもらっていた。佐伯はいわゆる優等生だ。勉強に関しても言えば秀でた才能を発揮した。運動神経もぴかいちだし、反射神経もいいし、しかも(きれいな)女性に対しては(より)紳士ときたものだ。そんな彼は女の子がほうっておくはずもなく、佐伯には女の子絡みの浮いた噂が絶えなかった。人気もあったから、嫉妬するする生徒はだれひとりとして居なかった。
賢くて勉強ももちろん得意な彼は、やっぱり教え方も紳士だった。ロミオだった。優しかった。ていねいだった。頼もしい彼に、惹かれた。そのときわたしは言った。
「佐伯は、志望校、どこなの?」
「名字ほど高いところは行かないよ、地元、たぶん」
「どうして?もったいない。」
「俺は好きなことができればそれでいいから」

にこやかに、きらり星が光るように笑った彼。たぶん、またみんなと馬鹿をやりたいのだろう。それこそ馬鹿みたいなはなしだ。そんな佐伯がおかしかった。しかし滑稽には思わなかった。憧れた。佐伯の目は輝いていた。まるで小宇宙がそこにあるみたいだった。きらきらしていた。そこには星空がまたたいていたのだ。すてきだった。そのときは多分、すでに佐伯が好きだったのだと思う。
佐伯はとてもかっこよかった。何がかっこよかったって、顔も体もそうだけど、仲間とか、夢とか、未来のことを語ってる佐伯は、とにかく最高だった。すきなアイドルとか、歌手とか、昨日あの番組観た?面白かったよねあはは、みたいな話しかできないわたしと、次元が違った。佐伯みたいになりたいと思った。青春したかった。自分はなんて廃れてるんだろうと思った。それでも佐伯はわたしに対して笑っていた。彼と笑い合う資格なんてないと思った。しかしやっぱり、どうにも私は、佐伯が好きだった。
11月末、テストが終わった。冬になった。合唱祭の季節だ。彼は歌もうまかった。私も歌は得意だった。唯一誇れるものだった。彼は言った。
「これが終わったら、もう勉強一色だろうな」
「そうだね、勉強、嫌だなあ。」
「頑張ろうな。」
太陽みたいな笑顔だった。そのとき思った。これで最優秀賞を穫ったら、絶対に告白しようと。固い決意だった。わたしはかわいくもないし、佐伯がOKしてくれるとは思ってないけど、それでも悔いののこらないようにしたい。だってもう中3だから。高校に落ちても受かっても、もう佐伯といっしょに居ることはできないから。この愛は絶対だれにも負けてない、いくら長くファンをやってる子にだって、負けない。愛の深さは時間じゃない。思い入れがあるかどうかなのだから。

合唱祭が終わった。わたしのクラスは最優秀とは行かなくとも優秀賞、指揮者賞は穫ることができた。わたしは悔しかった。ここまで頑張ったのに他のクラスに負けてしまうことがいやだった、プライドが許さなかったのである。というのも、わたしがこのイベントのリーダーとなっていたのは明白であり、事もうまく運べたと自負していたからである。最優秀賞のクラスが沸くなか、わたしたちはというと、嬉しがるひとも居なければ、悲しがるひとも居なかった。わたしだけは顔をゆがめ、双眸から涙をながしていた。顔がぐちゃぐちゃになって、周りの女の子たちに背中をさすってもらう。おまえらはくやしくないのか。少し冷静ではなかったからか、いきどおりを感じた。結果がでないのはかなしいことなのだ。
「あれえ、佐伯くん」
となりの女子がのんきに言った。佐伯?そんなのどうでもいい。わたしは前すらむけなかった。ただ悔しかったのだ。大切な受験勉強の時間を割いてまで取り組んだ合唱が、こんな結果に終わることが。恋愛感情なんて関係なく、今は悔恨以外の気持ちは自分になかった。





「名前」





近くで声が聞こえた、わたしを呼ぶ。ハッと顔を上げたら、そこにはサラサラと流れる、細い髪の毛があった。体育館に注ぐ光で、脱色している部分が、きらきらと輝きを放っている。逆光で見えない顔であったけれど、こんなに落ち着くテノールの、やわらかな絹のような触りの声は、まぎれもなく佐伯であった。上手側、右から三番目の席に居たわたしは、下手側に座っている男子である佐伯とは本来体育館で話せないわけで、どうやら他のクラスと自分のクラスの間にあるわずかなスペースに立っているらしかった。後ろから顔をのぞかれて、いっきに羞恥を感じたわたしは、少しだけ下を向いて、勝手にでてくる嗚咽を我慢するのに必死であった。


「お疲れ」
「うん」
「お前はすごいよ」



そんなことない、わたしの力量不足だったの、わたしが悪かったの、そんな悔恨や謝罪のまじった感情を吐露するつもりであったが、無様な嗚咽と胸のつかが邪魔し、それは無理だった。いつもみたいに、切れ長だけれど優しいひとみは細められて、あたたかさをもつ視線に、わたしは溶かされそうになる。だんだんとまばらになっていく生徒たちの足音にまじって、佐伯は唐突に、わたしを融解させるワードを口にした。周りからはやし立てる声と、羨望、嫉妬、さまざまな視線を向けられれば、こんどこそわたしは体の芯からどろりと溶けそうになり、いまだ変わらぬ微笑みのロミオが差し出した手を握った。瞬間、佐伯は私が立ちあがったと確認すると、そのまま駆け出した。わたしが足のもつれそうなのを気にせず、しっかりと手をつかんで走る。体育館下に到着すると、彼は自分の自転車の鍵を開け、


「乗れよ」
「了解」


ふたことで済ませた会話も、いまのわたしたちには笑いの種でしかなくて、ひたすら互いの名を叫びながら、学校の門をくぐった。回した手から感じる佐伯の体温がここちよい。そして、住宅街にさしかかったとき、またこの男は、そのセリフを口にしたのだ。即座に返答をしたら、佐伯はすこしだけ驚いたように、こちらに目を向けた。前方不注意、まったくもう、わたしだって佐伯のこと大好きに決まってるじゃん!


1001に提出
すてきな企画に参加させていただきありがとうございます!佐伯誕生日おめでとう〜!
101001 さり夫
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