敗北からのスタート、全国大会が終わった翌日からすぐに、わたしたち3年生は引退した。まだ仕事がしっかりできる人材が見つからないため、マネージャーのわたしだけは居残りで、毎日仕事をしている。しかしみんな、いきなり部活がなくなって微妙な気分なのか、必ずレギュラーの部室には、誰かしら3年生のひとが居た。平部員の3年生もちらほら見える。仲のいい人も少なくはなかったので、後輩だけの部活よりは、幾分か安心できた。それは、既に県外受験を目指している私の焦りなのかもしれない。しかしマネージャーである私がこんな気持ちではいけない、そう喝を入れて、真新しいテニスボールが沢山入った籠を押して、額に流れる汗を拭った。そのテニスボールは、まるで代替わりした新しい六角を表しているようで、何となく寂しげな感じがした。いつまでも感傷に浸っていられるほど甘くないこのテニス部で、その気持ちは要らないものだった。
空を見上げれば、あのとき、関東大会で青学に惜敗した際のように青い、卑劣であった比嘉とサエが心細くも一人だけで戦ったときのように、まさに快晴だった。このまま目を瞑れば、今にも涙が出そうな気がした。わたしたちの全国制覇への切符は既に、なくなっているのだ。
現在の六角男子硬式テニス部の要である葵の指示により、休憩に入った。その声で、ハッと我に返る。随分とこの仕事も板についてきたな、そう感じた。次の部長が彼かどうかは知らないが、やはり引き続き彼が務めることになるのだろう。

「もう休憩だよ」
「あ、サエ、」

ぼうっとしていたわたしを見てか、声をかけられる。彼の瞳は変わらず澄んでいて、ハイライトの差し込んでいる黒目というレンズも光っている。一言でいえば、かっこいいのだ。鼻筋もスッと通り、完璧なパーツを寸分の狂いもなく嵌め込んだような顔立ちは、まるで人形のようだ。さらさらの髪もそのひとつに思え、そこから滴る汗すらも尊いものだと感じられる。

「はい、アクエリ」
「いいよ、俺はもう引退したから」
「水分補給は怠っちゃダメだよ、ほら」
「…そうだね」

はは、乾いた笑いを浮かべる、らしくない佐伯の姿がある。無駄に爽やかだ男前だ言われていたのに、今日の佐伯は、なんだか調子が狂うというか、間の抜けたような印象を受けた。身が入ってないというわけではなく、何となく掴み所がないような感じがするのだ。佐伯と打っていた中2の男の子も、いつもとどこかが違う佐伯の様子に戸惑い、ほとんど点を取ることができなかったようだ。佐伯も、いつもよりはキレのない(しかしやはり美しい)打ち方しかしない。
不思議に思いながらも、下校時刻はせまってきていたので、片づけへと入った。
剣太郎が部誌を書き終え、そこで今日の活動は終わった。
帰り道のサエは、やはり笑顔であったがいつもより口数が少ない。どうしたの、そう訊くのは躊躇われた。

「もう、受験だなあ」
「…そうだね」一瞬、そのせいで悩んでいるのかと思ったが、彼のやや憂いを帯びた表情を見つめる限り、そうではないようだ。彼の志望校は県内屈指のトップ校だったが、彼のもつ内申ならば、前期選抜でも余裕で受かるはずだ。

「サエ、六角高でしょ?」
「ああ、県六だよ。おまえも、千葉総合とかだろ?」
「う、ん…どうかな」
「マネージャーをやってる暇なんて、あるのかい?」
「ないけど、でもわたしが居なくなったら…」
「…」
「悪いけど、今の中2には、まだ任せられないかなぁ」

饒舌だった彼は口を閉じ、なにやら考え込んでいる様子だった。眉にしわをよせて、少しだけ不機嫌なようにも見える。

「あのさ、おまえは、」
「なに?」
「おれたちとまた、テニスする気、ないんだよな」
「…え?」
「お前は東京の高校に、行くんだろ?俺たちとテニス、しないんだろ?」
「…」
「どうして千葉総合だなんてウソをつくんだ、俺たちと一緒に居る気なんてないのに」
「確かにマネジメントはもうできなくなるけど、そんな言い方…」

柄にもなくかちんときた私は、いつもそんな発言を冗談だとしてもすることもない佐伯に、若干驚きを覚えていた。佐伯の表情はいま笑っているだろうか、それとも、と考えると、恐ろしい考えが巡ってくるのである。どうしてそんなことを佐伯が言うのだろうか?この一つの疑問がいつしか浮上して、その間わたしと佐伯はただただ無言で見つめ合うだけだった。
わたしだってこの六角の硬テで学んできたことはたくさんあるし、いままで築き上げてきた能力や、仲間とか、信頼とか、そういうものが近くで感じられなくなるのは嫌だった。全国大会までゆくまでのチームに愛着をもたないほうが不自然だろう。わたしだってこの代の仲間だと、チームの思ってきたし、佐伯だってわかっているはずだ。それなのにどうして唐突に?考えても考えても答えはでない。佐伯への疑念が膨らんでいく。
佐伯は眉間にしわを寄せたかと思うと、唐突に双眸から涙を流しはじめた。そのようすでさえも美麗であった。この状況下でも、やはりかっこいいと思えるのは、きっと佐伯だけだ。

「サエ、なかないでよ、」
「じゃあ、いくなよ」
「それは…」
「行くな」

佐伯はただただ泣いていた。わたしはそんならしくない彼に戸惑うばかりで、それでも泣き続ける彼に陶酔しかけたのは言うまでもない。そんな時間のなかで、出した答えはひとつだった。






サエはわたしのことがすきなんだ。
20100616
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