拝啓。桜の蕾が膨らみ、春を感じる季節となりました。お元気で過ごしていらっしゃるでしょうか。私のほうは変わらずに過ごしております。心配しないでください。

私があなたの元を離れ、随分とたちました。いいえ、あなたが私の元を離れたのでしょうか、もうそれすら忘れてしまいました。今となってはそれはどうでもいいことですね。長いこと手紙を寄越さないですみませんでした。何も言わずに出ていったので、すこしあなたに文章を綴るのは気が引けたのです。
ですが、私はそれは美しいものを見て、あなたに手紙を書こうと思ったのです。このどこまでも続く水平線に浮かぶ夕焼け、満天の星空、木々がざわめく音、波のささやき。あなたにどうしてもこの感動を伝えたかったのです。ここでは、磯臭い海の匂いでさえも、喉に塩辛さがはりつくわけでなく心地よさを感じ、どうしようもない気持ちになります。そちらの景色はどうですか。そちらではもう桜は咲いていますか、皆さま元気にしてらっしゃいますか。



そこまで書いて、私は手を止めた。窓からは、澄み切った海がどこまでも続いているのがわかる。そういえば、海というところは、いつかお前と一緒に行こう、そういっていた場所だった。あんな感じの、綺麗と称することができる海に、私もお前と一緒に行きたかった。憧憬はまだ、青い。

私はどこか期待していたのだ。3000年という時の中で、それはこの先もずっと続く彼らの戦い、まさか私の時代でその終止符が打たれるとは思っていなかったのだ。私は、全部、覚えていた。お前の最期のあの目、声、笑い方、顔、表情、あのリアルな場面は、いつ忘れる事ができるのだろう。3000年という時は、永遠のようで終わりがあった。その先には何が待っているのか、私はまだ、怖くて突き進む事ができない。

だがやはり私は、未だにお前の顔が頭から離れない。たまにしか見せなかったお前のその笑顔が、頭から焼き付いて忘れられないのだ。いつかはお前の名前すら忘れてしまうのだろうか、顔も、背丈も、笑い方も、あの視線も、口調も、私の記憶の中でさえも抹消されてしまうのだろうか。まるで、なにもなかったかのように、幻影へ沈んでしまうのだろうか。胸を突き刺すような思いが襲い、私は、「バク、ラ」と、小さく呟いた。まだ覚えている、お前のことを。



100515 改訂再up
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