天を仰ぐ。
生憎空は曇っていて、太陽の日差しが遮られていた。ぼんやりと雲の動く様を見つめていると、目の前に、ぬっと手らしきものが現れた(この擬音を咄嗟に思った自分を褒めてやりたい、ほんとうにいきなり、『ぬっ』と出てきた)。太陽からの光がないため、逆光にはならず、指の又を開いていてもその肌の色がよくわかった。細くて長い指で、彼女であることを認識してから、やや乱暴にその手をふりはらった。さも、邪魔であるかのように(ほんとうに邪魔だったのだが)。

「何ーその態度!」
「名前こそ何だよ、邪魔だどけ」
「ひどいよーえーん」
「…じゃあ俺は行くとするか」
「ちょっとちょっと!」


そう言って、早歩きで立ち去ろうとする俺を、名前が引き止めた。さっきの長く細い指が、俺のカットソーに埋まっているように、俺の手首を握っていた。あたたかな手であった。


「暇そうだったじゃない。」

彼女がそう言うので、俺はしかたなく立ち止まり、肩を落とした。これからデートだったんだけどまぁ名前と居る方が楽だし。つーか楽しいしいっか。名前は満足そうに笑うと、その手を離した。なんとも脳天気な奴だ。
芝生に寝転がると、名前は自身のローファーを履き捨てて、靴下も脱いで裸足になる。そんな自由すぎる彼女に苦笑した。名前は、「来て」と言うように右手を挙げるので、俺は、ため息返してから名前の右隣りに座った。

「スネイプにね、会ったの」
「そうかよ」
「わたしどうすればいいかわからなかった」

無意味に笑う名前の顔は、お世辞にも綺麗とはいいがたかった。唇が醜く歪んで、今にも泣きそうだ。自嘲するような顔の歪みに、俺は怪訝に眉を寄せることしかできなかった。名前は奴が好きだったのだ。いや現に今も好き、たぶん現在進行形だ。毎日毎日奴の話題が絶えないほど、奴を思っているらしく、俺はそんな名前が理解できなかった。俺にとっての目障りに近い存在を、名前は好きらしい。

「ほんとうに、好きだったの。でもむりだった、ふられた」
「……名前にあんな奴勿体無ぇよ」
「ううん。わたしがだめだったんだよ。」
「俺とは随分扱いが違うじゃねえか」
「シリウスは、ほっとけないんだよ」


今度は名前がにこりと笑ったので、俺もそれにあわせて笑ってみせた。彼女の瞳が天にうつったので、またあいつのことを考えているのだな、と感じた。

「でももうスネイプのこと、好きじゃないのよ」
「へえ」
「ほんとよ」
「なんだよ、涙なんか浮かべて」
「だって失恋の悲しみはそうかんたんに癒えないわ。だけど今は、スネイプより気になる人がいるから」

こんどは俺が自嘲にも似た笑みを浮かべた。

「シリウス」
「あァ?」
「大好き」


不覚にも驚いて名前のほうを見やると、彼女が横を向いて照れているようだったので、俺はほんの少し笑みを浮かべて、名前の体を抱き締めた。名前は、後ろから手を回された俺の手を握って、声をたてて笑った。どうやら冗談じゃないらしいので、俺はこいつをもう少しの間だけ、抱き締めておいてやろう。この先も、ずっとずっと、お前が俺のことを好きだというのならば。






  どうやら俺は、
  彼女の事が
  好きらしい。

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