「あなたは死んだらどこにいくのですか」

発言したのちに思ったが、これではまるで、わたしたち死喰い人の主人であり絶対神のことを見くびっているようだった。わたしはそんなこと思っていないが、その場にいたベラトリックスは、睨むというよりも、その顔は驚愕の色を見せているようだった。いや、そんなつもりで言ったんじゃないんだけど、ああ…わたし殺されちゃうのか、やだな逃げようかな、と思っていた矢先、我が君は「名前以外は下がれ」とだけ言って、わたしをその双眸で射抜いた。仕える身として、しかもこのような状況で、この感想はどうかと思うが、かなり美形だ。ハンサムだ。
ばたん、後ろでドアが閉まる音がして、わたしも失礼しますとか言おうと思ったし、誰よりも早く逃げたかったけど、我が君がわたしのすがたのみ明らかにとらえていたため、指一本動かすことすらままならなかった。たぶん動かしたらほんとに死ぬ。実感はなかった。明らかな殺気を彼から感じなかったからだ。

「名前、主にむかってそのような考えをめぐらせているとは…」

にやにやと『ご主人様』は笑っていた。心を読まれたのだ。といってもあまり今の時点では何も考えないままポンと思ったことを口に出してしまっただけで、これはわたしの悪いクセであって、大した腹心があったわけでもない。

「すみません」
「気に入らないか?わたしが」

滅相もないです!
瞬時に言えればよかったが、わたしの口は、ゆるく開いたりしただけで終わった。このお方と今2人っきりで喋っているという状況がにわかに信じがたい。ただでさえ直々に顔を合わせられるのも奇跡にちかいというのに、わたしは大変なことを口走ってしまったのだろうか?わたしは、ふうと溜め息をついた。なんでわたしは死喰い人なんだろう。なんで紋章を刻んでしまったんだろう、今となってはあとのまつりだ。
なにを思ったのか我が君はいきなり笑い出した。わたしは不可解に思った。引きつった笑いすらも浮かべられなかった。

「わたしが、開心術を使っていると、おまえも気づいただろう?」

ああ、そうだった。わたしはもうひとつ溜め息をつき、我が君を見た。彼に言われるまで気づかなかったが、今の考えは彼に筒抜けで、わたしは隠そうともせず、思想を垂れ流していたのだった。とはいってもかなり低能なわたしの頭がつくるようなモノだから彼にとっては取るにも足らないことなのかもしれない。

「帰っていいですか」
「ダメだ」
「死にたくないです」
「ずいぶん正直だな」
「そりゃあ、心を読まれてますから」
「お前だって、閉心術くらいはできるだろう」
「ええ、でもあなたの魔法の前では、すべての行動が無駄ですから」
「愚かだな、いや、賢明というべきか?」
「ずいぶん楽しそうにしておられますね」
「お前は見ていて飽きない。非常に愚かだ」
「愚かな人間はわたし以外にもたくさん居ります」
「お前には不思議と嫌悪感を抱かぬ」
「いつも部下に嫌悪感をいだきながら仕事してるんですか」
「さあな」
「信頼関係なんて、あなたにはわからないんでしょうね」
「『信頼関係』!」

あからさまな嘲笑を口に出して、演技めいた口調でその4字を言葉にした。まあ、予想の範疇内だった。

「でも、我が君はすごいですよね」
「何故そう思う?」
「恐怖で人を支配しないからです。ここにあるのは、『我が君への畏敬の心』と『我が君の忠誠』それだけ」

すごい、そんな言葉がすんなりと出てくる時点で、わたしは心のどこかでこのひとを見くびっていて、そして、この薄暗いところに蔓延るのが似合うような人間が居るところに、自分自身居るにも関わらず、第三者の目線から見ているのだろう。

「貴様は心底俺のことが嫌いなようだ」

しかし『我が君』はそれでもわたしのことを殺そうとはせず、余裕の笑みを浮かべていた。わたしだって死は怖い。そんな恐怖と倒錯する思いをも読まれ、だからこんなにも楽しそうに、目を三日月の形にして、のどの奥からくつくつとわらうのだ。彼はパーセルマウスだというが、その姿はさながら蛇のようで、心の奥底に、大蛇を内蔵しているかのようだった。ぬるりと這うような声音や顔でもないのに、なぜだかその印象をわたしは持っていた。そんな外見上のものではなく、きっと内面的なものが、彼のオーラとして身に纏われているからだろう。

「嫌い…」
「おや?認めるとは意外だな、ミス・名字」
「いえ、これは貴方様に対する嫌悪感などではなく、わたしは、死に恐れているのです。すなわち、今、わたしに手をかけることが可能な、あなたに対する恐怖を、抱いている」
「随分饒舌じゃないか。お前は、思っているんじゃないか?こうやって堂々としていれば、きっと我が君は─いや、ヴォルデモートと、お前の中では言っているのかもな─、わたしを生かしてくれる。甘いな。まあどちらにせよ、お前は直ぐに死ぬような人間だ」
「饒舌なのはどちらですか」
「自分の正義も欲も見つけられん貴様を、心底残念に思うよ」


正義?

まさかわたしはこの方の口からそのような、正義というプラスの言葉が普通にでてくるとは思わなかった。正義とか愛とか信頼とか友情とか、おおよそヒーローが使いたがる、そして年頃の男の子たちが団結力を高めるためだかエンジョイしたいためだか知らないけど知らないが使いたがる、そんなあいまいな定義の言葉をこのお方が使うはずがないと思ったからだ。そんな目に見えないおぼろげな思想をまさか、ヴォルデモート卿ともあろう人がもちあわせていると、少なくともわたしは思わなかった。



「おまえはわたしをなんだと思っている」
「支配者……でございます」
「ほう、悪くない返答だな。だがおまえ、支配者とはどういう定義で使ってる?」
「この世を掌握する…みたいな感じです」
「それこそあいまいな定義じゃあないか。この世、だって?人間界も魔法界もか?いいや、まだ支配者などではないね。そうできたら最高かもしれないが」
「しかし」
「わたしがいいたいのは、物事っていうのは、おまえが思っているよりもずっとあいまいで、すぐに崩れ去ってしまう砂の牙城のようなものだ、ということだ」


「おまえもわたしの世界で生き続けてみたいと、そう思ったから、わたしのもとに居るのだろう?」


ながい脚を組んでわたしの顎を人差し指でさしながら自信満々にいいはなった彼はまちがいなくわたしの主人であった。そうかもしれない。わたしはわたしの信念がないから、存在意義を見出すためにこのひとのもとにいるのかもしれない。このひとだけは私の中で絶対の存在になれるような気がした。いつだって世の中というのは諸行無常で流転していくようなものだけれども、この方につかえていれば、永遠をわかちあえる、そんな気がしたのだ。にやりとわたしの心を見透かしてか意地の悪い笑みを浮かべたヴォルデモートは、そのままわたしの首に手をかけて、そっとうなじを撫でた。今にも絞め殺しそうに眼光がゆらめいた。フウ、と目の前の男が息をつき、やがて喉の奥にひっかかるように、しずかに、あやしく笑いはじめた。わたしは恐怖やら高揚やらよくわからない心持でそのまま棒立ちしているしかなく、手の中がじわりと汗ばんだ。

「名前、貴様のその顔つき、嫌いじゃないぞ」


どうしようもなく嫌いなはずなのにわたしはこのひとの下僕をやめられないでいる。どんなに辱められてもわたしにはこのひとしかわたしの世界を創り出せないと感じているからにちがいない。これは洗脳なのか?それともわたしの願望なのか?自問したって答えをだせるのはわたしかヴォルデモートしか居ないのだから、わたしはそのうち考えることをやめて、未だわたしの首筋に這わせるこの人の手に、わたしのそれを、そっと、重ねた。
20130511 sario
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