男は部屋で黄昏ている。閉め切った窓からは星が輝いているのが見え、家の明かりもまばらにしかついていない時刻だ。風が少し弱いが、暖房をつけていないと相当寒い。
ぼうっとその風景をみつめていると、後ろから咳がきこえた。喉に詰まっているような、長く苦しそうな咳で、謙也は眉を寄せた。咳の主は名前だった。
彼は、今風邪で倒れている彼女の看病をしている。

窓際から離れると、名前の黒い髪に触れた。顔を見ると、全体が赤くなって口もだらしなく開いている。苦しそうに息をしているのがわかる。視線に気付いたのか気付いていなかったのか、名前が目を開いた。


「け…ん……や」

うなされていたのか、謙也の顔を見るなり涙を流しながら訴える。動揺しているように、目のひとみが揺れている。大丈夫やで、と言って、名前を抱き締めた。

「行かないで、謙也、けん、や、」

彼女の小さい手が背中に回された。謙也は名前の唇に口付ける。

「行かへん」
「どこにも?」
「どこにも」
「絶対?」
「俺はここに居るから、お前が嫌言うても」

教え子に懇々と諭すように、謙也がいつもどおり優しく名前にいう。名前は、それでも信じられないのか、必死な様子で謙也の腕をつかんだ。シャツに皺がよって、名前らしくないと感じる。しかしこんなふうに甘えられるのも悪くない。

「名前、居るって、ここに。」
「………じゃあ、ずっと、居ってね?きっとやで」
「おん」

謙也は、名前が目をつぶったのを見て、ふっと笑った。名前からは寝息がきこえない。男は黙った。

「………名前」

そう、確かに彼女からは寝息は聞こえない。だが、返事もない。寝てるのか。名前の寝顔から夜の闇に視線を移す。高層ビルなんかはひとつも無くて、空は星が瞬いている。風でカタカタと揺れる窓は、少したよりなかった。これで暴風雨なんてことになったら、この窓は割れないのだろうか。まあ、そんなことは今はどうでもいいので、淡い緑のカーテンを静かに閉めた。カーテンは闇色に少しだけ染まって、深い緑色になった。

「…さむ、い…」
「なんかかけるもん、もってくるわ」
「ええわ…」
「や、名前心配やねん」
「謙也が居ればええもん」
「…俺は毛布ちゃうねんで」


部屋に、名前と謙也の声が谺した。
そのあとに響いたのは、置き時計の針の音と(それは謙也が自分の部屋にもっていった)、携帯の着信音と(その後、謙也は乱暴に携帯を投げた)、名前の咳だけだった。過保護すぎだ。

あとは、無音が、室内を制した。
たまにカタカタと鳴る窓ガラスのそれが鮮明に聞こえる。サイレント映画みたいに静かで、名前の頭を再度撫でた。


遠くで犬の音が聞こえる。街の明かりが消えてくる。部屋にあるケータイが鳴っているのがわかる。名前の寝顔すら愛しい。時間の流れが、早い。けれど、星は静かに、またたいていた。
time is it.
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