市丸
2011/01/26 21:11
あなたは虚しい人間になってしまった。だからといってニヒリズムに酔狂している人間でもなかった。沈んだ船に置き去りの気持ちをとりもどさないのか。薄汚れた景色をそれほどまでに求めるのか。あなたは虚しい人間になってしまった。色づく世界を失い、それでも執着するあなたは、かわいそうでしかたがない。恐怖で前進もかなわない人間よりも、よっぽど幸せだけれど。だからわたしは卑しい人間になってしまった。
「市丸ギン」
いまでもこの、あなたが居なくなった世界で、わたしはひたすら、名前を呼ぶのです。往生際が悪いのです、なにせ、わたしは、卑しい人間になってしまったのですから。気づいてしまったのですから、己の浅ましさに。
「わたしは何も、知らなかったのですね。ただの平隊員のわたしは、あなたの上辺をなぞって、勝手に浸っていたのですね」
空には月がのぼっている。あの空間を切り裂いて漆黒に染めたなら、あなたに会えるだろうか、なんて、大した覚悟もないのに、そんなことをぬかしてみる。温い。甘い自分。あなたが何を目指しているのかもわからないのに、わたしはもう、あなたの背中を見ることもかなわなくなってしまった。
「お慕い申し上げております、市丸隊長」
いっそあなたのことや恐怖を忘れてしまいたいくらいに
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