劉院編-03

熱が下がり学校に行くことができたのは伊折が俺の家に来てから3日後のこと。思ったより風邪をこじらせたなと思いつつ、久しぶりの学校に少し安堵したりした。母さんは、調子がいいのか少しだけ話をするようになった。それでも、あの目は変わらないしソファの上でぼーっとしているのは相変わらず。最近、ふといつまでこうしてるのだろうかと考える。

「劉院おはよ!もう風邪治ったのかー?」
「おはよう。まあなんとか。」
「大丈夫か?無理すんなよ。」
「おう、サンキュ。」

学年別の授業を受けるために教室に入ればルカと航琉が俺の姿を見つけ声をかけてきた。適当に会話を交わしながら航琉の隣に座る。ノート見せろよ、と言うとそんな頼み方じゃ見せてやれねえなと言うので見せてください、と丁寧に言い直した。

「すっげー進んでるじゃん。」
「まあ、頑張れよ。」
「ちょっとノート写すの手伝えよ。」
「俺がやってやろう!」
「ルカのノート雑そうだから嫌だ。」
「ええー。」
「つーか、落書き相変わらずひでえ。」
「芸術的だろ。」
「どこが。」

なんて、他愛のない会話に自然と笑みがこぼれる。少しだけ、力が抜けた。ふと、ポッケにいれていた携帯が震えているのに気付く。画面を見ると箕原伊折の文字。少しだけ出るのに戸惑い、恐る恐る通話ボタンを押す。あ!と電話越しに伊折の声が聞こえた。

『てめえやっとでたな!昨日から何度も電話してんのに!』
「病人に何度も電話すんじゃねーよ。うるさくてちっとも眠れねえ。」
『こっちは連絡事項とかあって電話してんだよ!』
「メールしろよ。」
『メアド教えてくれない奴がどの口で!!おっと、すんません!げ、赤!』
「何、お前寝坊でもしたのかよ。」
『ほっとけ。』

電話越しに息切れをしている伊折の姿を想像して馬鹿だな、と笑いを堪える。信号機に引っかかったらしい彼が少し息を整えた。それからまたいろいろとくだらない言い合いを得て、ようやく本題に入る。昼休みにレポート返すから、と言われ提出したんじゃねーのか、と聞くと見たから返しとけってよ、と返事が返ってきた。どこぞのめんどくさがり教師だ、と呆れたように笑った。とりあえず、昼休みに会う約束だけ取り付けて電話を切った。3日前のことを思い出すと少し会いにくいな、と思っていたがどうやら俺の考えすぎだったらしい。あのチームリーダーは相変わらず何も考えていないそぶりだ。少しだけ、ほっとした。しかし、すぐにそれは別の意味で崩れることになった。再び鳴り出した携帯に従姉弟の名前が表示され嫌な予感がする、と思いながらも電話に出た。

『劉院!?』
「な、んだよ。」

従姉弟の慌てた声にどくんと鼓動が早まった。

『あんたの…お母さん、倒れたって…。』
「…。すぐ行く。」

パタンと携帯を閉じ立ち上がった。航琉が心配そうに俺を見たので大丈夫、と言って笑って見せた。ちゃんと笑えたのかは分からないけど。帰るから先生によろしく、と伝え教室を出てから走り出した。ああ、もう、久しぶりの学校だったのにな、授業も後から追いつくの大変だし、伊折に連絡しなおさねーと、林檎にもそろそろ文句を言われそうだ、とか。もう、わけが分からなくなってきた。俺、何してるんだっけ。とにかく、校門の前まで全力で走った。校門が閉まっているけど、気にせず飛び越える。よっと、着地した途端、うわっと声が聞こえ、しまった人がいたのかと顔をあげた。しかし、すぐになんだ、と溜息を漏らした。

「伊折かよ…結局遅刻か。」
「俺で悪かったな…つか、どこ行くんだよ。」
「あー…帰る。レポート今度でいいや。」
「帰るって、お前。あ、ちょっと待てって!!」

伊折に構っている暇はない。黙って再び走りだせば、遠くで伊折が何か叫んでいる。全部、聞こえないフリをした。数十分走って、知らされた病院に駆け込んだ。俺を待っていたらしい劉燐がこっち、と手を振った。母さんは、と問うと大丈夫、と言われほっと肩を落とした。

「軽い栄養失調だって。」
「そうか…。」

そういえば、いつもより調子はよさそうだったけどご飯は食べなかったなと今更気づく。馬鹿だな、結局俺は母さんのために何もしてやれてないじゃないか。一体、どうすればいい?俺は母さんに、何をしてやれる?頭の中がぐちゃぐちゃで、立っているのがやっとな気がする。ふと、劉燐が俺の肩をつかんだ。

「劉院、あんたもうちょっと休みな。風邪治ったばっかでしょ?これじゃあまたぶり返すよ。」
「…おう。」

母さんは1週間ほど入院するらしい。費用はまた叔父さんが出してくれるというのでお言葉に甘えた。今の俺のバイト代だけではそこまでのお金がない。早く学院卒業して稼がないとな、とかこれからのことを考えると頭が痛い。その日は、大人しく家に帰ることにした。しかし、何故か足は家に向かわなくて、気が付けば学院に戻ってきていた。なんでこんなとこにいるんだろうと思ったがなんとなく学院に足を踏み入れる。ふと、ベンチに航琉が1人で座っているのが見えた。お昼休みらしく周りにもちらほらと生徒がいる。俺は黙って近づき乱暴に隣に座った。少し驚いたようだが黙って空を仰ぐ航琉。はあ、と力を抜き腕で顔を隠した。

「…しんどい。」

親友である航琉の前でしか、吐き出せない本音だった。
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